Sekilala&Zowie

No one is free, even the birds are chained to the sky.


②【110821IWJの原点 孫崎享さん×岩上安身さんトークライブ】文字起こし

 ②【110821IWJの原点 孫崎享さん×岩上安身さんトークライブ】文字起こし

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 岩上「ちょっと補足を。国際関係論や現代史が分からない人の為に。まず、占領があったわけですね。敗戦のあとの占領。無権利状態のような状況で、占領国の総司令官の言う事を絶対に聞かなきゃいけないような占領期が続いた。そして、サンフランシスコ講和条約、これによって日本は独立を果たし、国際社会に復帰を果たしたと、こういう建前になっております。いまでもどこを見てもそう言われていると思います。

ところがそれが完全な独立、完全な主権回復ではなくて、実はその時点から安保条約というものがあって、この国にずっとアメリカ軍が占領支配するようになる。駐留というより占領の継続。そして、60年安保の闘争が行われた時というのは安保条約の改定があった。でも、改定をしても結局同じ事が続いていってるというお話なんですね」

 

孫崎「もうひとつ。今日ツイッターしたんですけれども、正力さんについてツイートしたんです。(*)

 

(*)2011年08月21日(日) 

正力:元検事「正力とは一体何者か。これを調べることで日本がかなりわかるのでないか。読売の役割も」。経歴見てみよう。「関東大震災で”朝鮮人暴動”の噂を流布させ、自警団による虐殺の遠因」「同年 警視庁警務部長」で公安警察の雄。「1924年懲戒免官後読売新聞の経営権を買収、社長に就任」

posted at 09:05:01

正力2:「1934年 大リーグ招聘、巨人軍創立」。1940年 大政翼賛会総務。公安警察の雄で、大政翼賛会総務なら、戦後米国占領下、絶対に公的に生きれない人物。戦後それが米国とのパイプの要の一人。有馬教授のテレビ関連、原発関連での米国との結びつきの正力研究はあるが、まだまだ要研究。

posted at 09:07:06

 

岩上「はい。正力松太郎さん」

 

孫崎「原発の問題というのは必ず正力さんと関係があるわけです」

 

岩上「正力松太郎さんというのは読売新聞の社主で日本テレビの創設者ですね」

 

孫崎「結局、原発がどうして出てきたかと。日米の関係を若干整理しておきますと、第五福竜丸事件(*)というのがあった。これが被爆した。

                                                  

(*)第五福竜丸事件[wikipedia]より

被爆事件 [編集]

1954年3月1日、第五福竜丸はマーシャル諸島近海において操業中にビキニ環礁で行われた水爆実験(キャッスル作戦・ブラボー (BRAVO) 、1954年3月1日3時42分実施)に遭遇し、船体・船員・捕獲した魚類が放射性降下物に被爆した[1]。実験当時、第五福竜丸は米国が設定した危険水域の外で操業していた。危険を察知して海域からの脱出を図ったが、延縄の収容に時間がかかり、数時間に渡って放射性降下物の降灰を受け続けることとなり、第五福竜丸の船員23名は全員被爆した。後に米国は危険水域を拡大、第五福竜丸以外にも危険区域内で多くの漁船が操業していたことが明らかとなった。この水爆実験で放射性降下物を浴びた漁船は数百隻にのぼるとみられ、被爆者は2万人を越えるとみられている。

予想以上に深刻な被害が発生した原因は、当初米国がこの爆弾の威力を4 - 8Mtと見積もり、危険区域を狭く設定したことにある。爆弾の実際の威力はその予想を遥かに超える15Mtであった為、安全区域にいたはずの多くの人々が被爆することとなった。

第五福竜丸の水爆災害(とりわけ久保山無線長(当時40歳)が「原水爆による犠牲者は、私で最後にして欲しい」と遺言を遺して息を引き取った事)は、当時の日本国内に強烈な反核運動を起こす結果となった。反核運動が反米運動へと移行することを恐れた米国は、日本政府との間で被爆者補償の交渉を急ぎ、「米国の責任を追及しないこと」の確約を日本政府から受け、事件の決着を図った。1955年(昭和30年)に200万ドルが支払われたが、連合国による占領からの主権回復後間もなかったこともあり、賠償金でなく“ex gratia(好意による)”見舞金として支払われた。また事件が一般に報道されると、「放射能マグロ」の大量廃棄[2]や、残留放射線に対する危惧から魚肉の消費が落ち込むなど、社会的に大きな影響を与えた。

これに対して米国は、第五福竜丸の被爆を矮小化するために、4月22日の時点で米国の国家安全保障会議作戦調整委員会 (OCB) は「水爆や関連する開発への日本人の好ましくない態度を相殺するための米政府の行動リスト」を起草し、科学的対策として「日本人患者の発病の原因は、放射能よりもむしろサンゴの塵の化学的影響とする」と明記し、「放射線の影響を受けた日本の漁師が死んだ場合、日米合同の病理解剖や死因についての共同声明の発表の準備も含め、非常事態対策案を練る」と決めていた。実際、同年9月に久保山無線長が死亡した際に、日本人医師団は死因を「放射能症」と発表したが、米国は現在まで「放射線が直接の原因ではない」との見解を取り続けている[3]。

第五福竜丸の被爆により、日本国民は原子爆弾・水素爆弾と両核爆弾の被爆(被曝)体験を持つ国民となった。

第五福竜丸は被爆後、救難信号 (SOS) を発することなく他の数百隻の漁船同様に自力で焼津漁港に帰港した。これは、船員が実験海域での被爆の事実を隠蔽しようとする米軍に撃沈されることを恐れていたためであるともいわれている[4]。

【リンク】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%94%E7%A6%8F%E7%AB%9C%E4%B8%B8#.E8.A2.AB.E7.88.86.E4.BA.8B.E4.BB.B6

                                                  

 

日本の中は大変な騒動になったわけです」

 

岩上「南太平洋のビキニ岩礁で水爆実験が行われて、日本の漁船が被爆した事件。当時は大変な大騒ぎになった。戦後、そろそろ立ち直り、復興期に入っていた時にこれが起こった。1950年代。この時の記憶から怪獣映画のゴジラが生まれたりする」

 

孫崎「そこで、その時に原水禁が立ちあがってきて、反原子力。ある意味ではアメリカの支配に対する日本の世論が非常に立ち上がったときに、このままで行くとちょっと危険なので日本に原子力発電所を作らせてあげようと。そしてそこで平和利用という事が出てくるんです。だから原発の促進と、実は核兵器廃絶、あるいはソ連に続いてアメリカに対する厳しい見方というものと裏腹の関係があったんです。この間もテレビを見てましたら、広島あたりの人の中に『私たちは今までずっと恨みを持っておくのは良くない。昔我々が何をされたかという事から脱して、新しい時代に生きようと。協力の世界で生きようと』その協力のシンボルが原発だったわけですね。その原発の推進者が正力松太郎さんだった。いま、正力さんの事を言ったのはある意味唐突じゃない。

何故正力さんお話しが出たかというと、昨日たまたま知り合いの元検事と会った。そこで、戦後史はやっぱり正力松太郎を見ないとどうもよく分からないと。正力松太郎を見ましょうという事で家に帰ってツイッターに打ち込んだ。正力松太郎さんって戦前どんな人だったか知っている?」

 

岩上「特高(特別高等警察)の親分ですよね」

 

孫崎「特高の親分。それで関東大地震があったときに朝鮮人が暴動を起こそうとしているという噂を流すことによって挑戦の人達に対し攻撃があった」

 

岩上「いわゆる関東大震災の時の朝鮮人虐殺という事件に正力さんが当時関与している。内務省。当時の警察というのは非常に大きな内務省という一つの組織の一部だった。その絶大な力を持っていた内務省の官僚として、ここに関わっていた。それはどういう関わり方だったのでしょう?」

 

孫崎「朝鮮人がこれを利用して暴動を起こそうとかいうような噂を流す、という事をやった」

 

岩上「あれは自然に流れたものではなく、そうした心ない噂というものが実は意図的に当局によって流されていた。要するに一種のパニックを作り出して、警備・治安を強化しなければならないという口実にしていく。これは治安機関がどこの国でもやる手ですけども、そういう事があったわけですか」

 

孫崎「そのあと、警視庁の警務部長という一番重要なポストになる。それから戦争へ行くための大政翼賛会、オールジャパンを作ったわけです」

 

岩上「今も大連立をやろうとしていますけど。読売がやろうとしているけれども」

 

孫崎「そこの主要メンバーなんです」

 

岩上「なるほど。おんなじことをやろうとしているような気がしますよね」

 

孫崎「非常に重要なのは、参戦になり一番の戦争犯罪人は全部戦犯としたが、戦犯とした時に治安警察、大政翼賛会、こういうようなものは戦犯第一号になるような人達。それにも関わらず、正力さんというのが戦後史の中で出てくるわけです。

これはいったい何なのか?

正力さんというのは1930年位に(1924年)警備上のある事件があって免職になった。その34年(記憶違いで実際には24年)に読売新聞を買い、社主になるんです」

 

岩上「1934年に読売を買ってるんですか?え?戦前じゃないですか?」

 

孫崎「そうなのよ。戦前なのよ。だから戦前の中核の人間なのよ」

 

岩上「1930年前後というのはまさにファシズムの前夜か、もう突入過程ですね」

 

孫崎「というような形でファシズムがいく。もう少し調べないといけないが、その時に支えた新聞、そして大政翼賛会。ということでA級戦犯になるんです。だけど、1947年ぐらいに直ぐに大丈夫になるんです。

それと、面白いのはアメリカのプロチームを呼んで、それでジャイアンツがスタートするんじゃないでしたか?(戦前)

というようなものを見ますと、原発の問題というのもやはり日米関係というものとある種のリンクをしてきたと」

 

岩上「原子力の平和利用という事で原発を持たせるのはなんでなのかというところはまだまだ未解明のところが多いとは思います。

核というものは反対だと。核爆弾を落とされているし、ビキニ岩礁の事件もあるし、原水爆禁止運動も盛り上がってきたし、アメリカからの独立というもの、当時の日本人は戦争体験もありますから、今の我々と違ってアメリカというのとこの間まで喧嘩をしていて、とされ焼夷弾を落とされ、ボロボロにされた相手だという意識があるんですね。いまはもう心の中にしまいこんでて、反発心は隠して入るけれども、やっぱり心を開けばアメリカに対して冗談じゃないという気持ちがあった。だからいつでも反米、もしくはアメリカからの独立・自立というような動きになりかねなかった。それを食い止めるためにも、そして冷戦体制が始まっており、アメリカ側の陣営に食い留め置くためにも日本を引きつけておく必要があった。それは色んな形で行われましたよね。高度成長を助けるため。復興を助けるために。アメリカがプラスの面で働きかけてくれた部分もある。市場開放してくれた。良い事をしてくれた部分もいっぱいある。しかし同時にアメリカから離れないようにするため、核のうちのある部分、原子力のある部分を差し出した。なぜか、ですよね?つまりそれを受け取って喜ぶ日本人は当時どれだけいたかというと、一般の人達はいい迷惑でそんなもの要らないと思っていた人はたくさんいたと思います。だけれども、日本の右翼の、あるいは保守の人達は強固な軍事国家としての日本の再興という事を願っていた人が当時はたくさんまだまだ残っていた。その人たちの気持ちの中には、日本も核武装、核兵器を持つことによって主権が回復できるんじゃないか。世界に対してまた強硬な意見を言って自分たちの主張を通すことが出来るようになるのではないか。国際政治の中で政治力を発揮できるんじゃないか。こういうふうに考えた人達。もっと直截に言うと、これから核戦争の時代だからドンパチやる時に自分たちも武装しとかなきゃと軍事力行使の手段として、文字通り核武装が必要だと考えていた人達もたくさんいたと思いますけども、そういう動機が薄々あるだろうという事を見越したうえで、そういう人達に対してアメ玉をやるようにして核の力の半分を渡した。だけれども、全部を渡したわけではない。ある種、そうやりながら日本のとりわけ保守層というものをタカ派層を引きつけ続けた。飼い慣らしてきたという事になるんじゃないですか」

 

孫崎「そうだと思いますね。だけど、一番重要な事は一般国民の核への反発というのを和らげた」

 

岩上「なるほど。その核という原子力の平和利用が可能なものなんだよと」

 

孫崎「そうそう。平和利用というものがなかったら核兵器反対」

 

岩上「一本槍になってしまうから」

 

孫崎「一本槍になって、そうするとそれは必然的に反米に繋がっていく。その流れというのは第五福竜丸の時、それから原水協というようなものに非常に盛り上がりがあるという危険性があった、というような認識があった。だから国民に対して、核というのは兵器というものがあるけれども一方は平和利用があるんですよと。これから平和利用の事を考えていきましょうと。過去を考えるのではなくて未来を考える。では未来を考えると、それは核というところで日米で協力していきましょうよという話になってきますから。だから日本の対米政策とリンクしていたんですね」



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