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山口一臣氏「裁判官の認定には合理的な矛盾がある」~陸山会裁判の判決要旨を読んで気がついたこと(1)・(2)・これが判決文コピペ事件だ!by The Journalより転載

The Journalより転載
山口一臣氏記事より

◆陸山会裁判の判決要旨を読んで気がついたこと(1)http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/10/post_802.html
◆これが判決文コピペ事件だ!
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/10/post_803.html
◆陸山会裁判の判決要旨を読んで気がついたこと(2)
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/10/post_804.html


山口一臣:陸山会裁判の判決要旨を読んで気がついたこと(1)
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/10/post_802.html
(※これは、あくまでもいま分かっている情報を元にした拙速分析です。判決の全文を読んだ後に訂正する部分があるかもしれません。あらかじめご了承ください。また、事実関係の間違いや誤解は指摘していただけると助かります。よろしくお願いいたします)

 問題とされたふたつの政治団体は西松建設がその社名を隠して政治献金を行うための隠れ蓑だったとする論法は、私にも違和感はない。その理由も丁寧に説明されている。したがって、大久保隆規元秘書が寄付の主体が西松建設であるということを認識していたというのも、普通に納得できる。

 ところが、ここから先、迷走が始まる。

 判決は〈岩手県や秋田県では、公共工事におけるいわゆる本命業者の選定に関して、小沢事務所の意向が決定的な影響力を持っており、その了解がなければ本命業者になれないという状況であった〉と、何の根拠も示さず断定しているのだ。その上で、大久保氏が「天の声」の発出役を務めていたと認定する。

 これらはいかなる証拠に基づくものなのか、判決要旨からはわからない。そもそも「天の声」の存在自体は、09年7月の西松建設 国沢幹雄元社長の判決で明確に否定されている。献金をして「天の声」をもらって、工事を受注するといった単純な話はもうないといってもいい。

 しかし、今回の判決がここまでハッキリ断定しているということは、国沢元社長の裁判でも出て来なかった何らかの根拠や証拠があるのだろうか。もしないとしたら、登石郁朗裁判長は頭がどうかしていると考えるのが、自然かつ合理的だ。

 判決によると、岩手県等の公共工事の受注を希望するゼネコンはまず小沢事務所の秘書に陳情し、了解が得られると鹿島建設の仕切り役にその旨を連絡し、小沢事務所の意向に沿った談合が行われていたという。これについても、認定した根拠は示されていない。

 それはさておき、ごく普通に一般社会で仕事をしている人間にとって、この判決に書かれたようなことが本当に行われていたとはにわかに信じ難いだろう。公共工事の受注は建設会社にとっては経営上、きわめて重要な問題だろう。それが、いくら地元の有力政治家とはいえ、一野党議員の一秘書(事務所)が「天の声」を発して差配していたと考えるのは無理がある。

 裁判官は何を根拠にこう認定したのか、要旨だけではわからない。しかし、ここまでハッキリ書いている以上、何らかの証拠があるのだろう。もしないとしたら、登石裁判長は頭がどうかしていると考えるのが、自然かつ合理的だ。

 ちなみに、東北の公共工事の談合について徹底的に取材したという政治評論家の森田実氏は、9月29日付の日刊ゲンダイで、「岩手県や秋田県では公共工事の談合において小沢事務所が決定的な影響力を持っていたと判断しましたが、そんなことはありません」と断じている。森田氏の取材の結果は「結論は小沢事務所に出る幕はなかったというものです」というものだ。ごく普通に考えて、公共工事の受注になぜ、発注者でもない小沢事務所の許可が必要なのか? 裁判官はどう考えたのか。有力政治家ならば、経済合理性を超えて何でもできると思っているのだろうか? 今回の判決をくだした裁判官らの頭の中を見てみたいものである。

 もちろん、だからといって、小沢一郎氏が与党の実力者として権勢を振るっていた時代には、そうした仕組みがあったであろうことまでは否定しない。小沢事務所と公共工事の実態については、久慈力・横田一著『政治が歪める公共事業 小沢一郎ゼネコン支配の構造』(緑風出版)に詳しい。しかし、この本で指摘されている事実は、今回の裁判で扱われた時期よりずっと前のことである。

 ちなみに、ゼネコン各社は独禁法改正前の2005年末にいわゆる「脱談合宣言」している。宣言後も談合事件が発覚したケースはあるが、これをきっかけに公共工事の受注の仕組みが大きく変わったことは間違いない。しかし、今回の判決はそうした基本的事柄も考慮されていないように見える。また、小沢事務所の公共工事発注に対する影響力の変化についても、検討された形跡はない。

 当時の小沢氏の立場を考えるなら、森田氏が言うように「出る幕はなかった」と考えるほうが合理的かつ自然ではないか。

 と、ここまで書いて古い資料をひっくり返していたら、驚くべきことに気がついた。

 先ほど指摘した、判決要旨に書かれた岩手県等における公共工事の受注に関するくだりは、西松建設事件の裁判のときの検察側冒頭陳述の丸写しだったのだ。一言一句がほぼコピペされているといっとも過言ではない。こういうことは、よくあるのだろうか? 判決の文章が検察側冒陳と同じということは、やはり判検が癒着していることの証拠ではないか。

 それはさておき、このくだりを読み返してもうひとつ指摘したいのは、百歩譲って小沢事務所が当時もまだ、公共工事に影響力を持っていたとしても、小沢事務所が陳情を受けて働きかける相手は、談合の仕切り役ではなく、発注者である首長もしくはその周辺ではないか。そうでなければ「天の声」など出せるはずがないのである。

 判決の要旨をざっと読んだだけでも、次から次へと矛盾が出てくる。まだまだ指摘したいことがたくさんあるが、少し長くなったのでいったん休む。続きはまた。

投稿者: 《THE JOURNAL》編集部 日時: 2011年10月 2日

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山口一臣:これが判決文コピペ事件だ!
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/10/post_803.html
 まず、西松建設の国沢幹雄元社長に対する検察側冒頭陳述を引用する。

〈すなわち、岩手県下または一部秋田県下の公共工事の受注を希望するゼネコンは、小沢事務所に対し、自社を談合の本命業者とする「天の声」を出してほしい旨陳情し、同事務所からその了承が得られた場合には、その旨を談合の仕切り役に連絡し、仕切り役において、当該ゼネコンが真実「天の声」を得ていることを直接同事務所に確認のうえ、当該ゼネコンを当該工事の本命業者とする旨の談合が取りまとめられていた〉

 これが大久保元秘書らに対する判決で、こうコピペされていた!

〈岩手県等の公共工事の受注を希望するゼネコンは、小沢事務所の担当の秘書に対し、談合において本命業者となることの了解を与えてほしい旨の陳情に赴き、当該秘書の了承が得られると、鹿島建設の仕切役にその旨を連絡していた。連絡を受けた仕切役は、当該秘書に確認を取るなどした上で小沢事務所の意向に沿ったゼネコンを本命業者とする談合を取りまとめ、この談合に沿った入札 落札が行われて、本命業者が受注業者として決定されていたのである〉

 要するに、登石郁朗裁判長以下、今回の裁判官たちは、はなから検察の意向に沿った判決を書こうとしていたということだろう。検察の主張をそのままコピペして判決文を書くとは、裁判官にプライドはないのだろうか。いずれにしても、これは今回の判決の異常性の証拠のひとつにしか過ぎない。

 判決の決定的矛盾については、また後で書く。

投稿者: 《THE JOURNAL》編集部 日時: 2011年10月 3日

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山口一臣:陸山会裁判の判決要旨を読んで気がついたこと(2)
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/10/post_804.html
 今回の判決の決定的な矛盾は、1億円の〝裏献金〟に関するものだ。裁判官は、水谷建設元社長、川村尚氏の「胆沢ダム工事の下請けJVのスポンサーとして参入したい旨を大久保秘書(当時)に陳情し、その見返りに1億円(5000万円×2回)を小沢側に手渡した」という証言と、現金を手渡した当日のホテルの領収書があることなどを根拠に、小沢事務所がダム工場受注に便宜をはかる見返りに1億円の裏献金を受け取ったと認定している。判決は、ホテルのレシートを〈客観的証拠〉などと評価しているが、レシートはあくまでも元社長がその日、ホテル(六本木の東京全日空ホテル=当時=)にいたという証拠にすぎず、元社長が小沢側に現金手渡した証拠でないのは言うまでもない。

 それはさておき、裁判官は西松建設事件において〈(小沢事務所は)岩手県や秋田県では、公共工事の談合におけるいわゆる本命業者の選定に関して、小沢事務所の意向が決定的な影響力を持っており...〉と断定している。

 もしこの裁判官の認識と川村元社長の証言が真実ならば、水谷建設は1億円の裏献金の見返りに胆沢ダム工事の「下請けJVのスポンサー」になっていなければならない。ところが、結論からいうと水谷建設は「下請JVのスポンサー」にはなっていない。ここでいうスポンサーとは幹事社のことで、一般の下請けに比べ利益率が格段にいいとされる(とはいえ5%くらいか?)。水谷建設は幹事社の下の一般下請での受注はしているが、幹事社にはなれなかった。 1億円もの巨額の裏献金をしながら、結局、希望はかなえられなかったということだ。

 この事実から何が導き出されるかというと、「岩手県の公共工事では小沢事務所の意向が決定的な影響力を持っていた」という裁判官の認定が誤りだったということか、もしこれが誤りでなければ「1億円の裏金授受」の事実はなかったということだ。私はこの両方とも、裁判官(大元は検察官)の邪推に基づく妄想だと考えるが、いずれにしても裁判官の認定には合理的な矛盾がある。

 小沢事務所が公共工事の本命業者選定に決定的な影響力を持っていて、陳情の結果としての1億円の裏献金が本当にあったとしたら、水谷建設が胆沢ダム工事の下請けJVのスポンサーになっていなければおかしいからだ。

 水谷建設・川村元社長にすれば、会社のカネを1億円も支出しながら、希望どおりの受注が得られなかったのだから、社内での立場をなくしただろう。公にできないカネなので、大久保元秘書を詐欺で訴えるわけにはいかないだろうが、何らかのおとしまえを求めて詰め寄ったはずだ。しかし、裁判官らがそうした事情を考慮、検討した形跡は見られない。

 それだけではない。新聞報道等から拾った数字で恐縮だが、胆沢ダムの総事業費は約2440億円あり、水谷建設はこのうち鹿島JVが約203億5000万円で受注した堤体成立工場(第1期)と大成建設JVが約159億円で受注した原石山材料採取工事(第1期)の下請け(幹事社ではない)として約34億円分の工事を受注している。仮に利益率5%で計算すると、水谷建設の利益は約1億7000万円ということになる。単純に考えて、1億7000万円の利益を得るために1億円もの裏金を使うだろうか。もちろん、将来への実績づくりの布石であったり、とにかく売上を立てなければならない都合があったりなどの事情も考えられる。

 しかし、いずれにしても裁判官が認定した「1億円の裏金の授受」については経済性の観点から合理的な疑いをはさむ余地がかなりある。しかし、この点についても、裁判官が考慮、検討した形跡は見られない。

 次に、裁判官が大久保元秘書らが受け取ったと認定した5000万円の現金はどこへ行ってしまったのだろうか。1993年の金丸事件のように、小沢事務所の家宅捜索で〝たまり〟として発見されたという話は聞かないし、大久保氏らが金融機関に入金したという情報もない。では、陸山会の土地購入のために小沢氏が用立てた4億円の原資として使われたのかというと、これは以前指摘したように、日付が合わずあり得ない。すなわち、小沢氏が石川知裕秘書(当時)に4億円を渡したのが2004年10月13日であるのに対し、裁判官が認定した最初の現金授受の日付は10月15日で、2回目は翌05年4月19日なので、4億円の原資に水谷マネーが含まれるという主張には根本的な矛盾がある。

 では、現金はどうなったのか。もし、裁判官ら言うように現金の授受が本当にあったとしたら、例えば1回目に大久保氏の代わりに受け取りに行ったとされる石川氏はうけとった現金をどう処理したのか? 大久保氏に手渡したのか? 事務所の金庫に入れたのか? あるいは秘密の隠し場所があるのか? まさか受け取ったとだけで消えてなくなってしまったというわけではあるまい。

 消えてしまったという意味では、小沢事務所側の受け取り人である石川氏か大久保氏が個人的に着服してしまった可能性は考えられないか? ああるいは水谷建設側の川村元社長に事情があって着服した可能性はどうだろう? 過去の贈収賄捜査でも、途中で賄賂(裏金)の運び役が相手に渡さず着服してしまったことがわかり、立件できなかったというケースは少なくないという。にもかかわらず、裁判官がこうした可能性について検討した形跡はみらてない。

 素人が考えても気がつく矛盾や可能性について、裁判官は検討することもなくすべて検察側の主張には沿った認定をしている。なぜなのか?

 おそらくは、まともに検討をすれば都合の悪い(検察にとって)結論が出ることがわかっていたからではないか、と私は疑っている。私のような大雑把な人間でも分かる矛盾を、緻密であるべき裁判官が気づかないはずがないからだ。

 裁判官は知っていながら故意に過った認定を繰り返したと言わざるを得ない。

 司法の劣化は深刻だ。

 判決の異様性についてはまだまだ続く。

投稿者: 《THE JOURNAL》編集部 日時: 2011年10月 4日

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