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【TPPに反対する】京都大学法学部出身農学博士で元農水副大臣の篠原孝衆議院議員のブログ「しのはら孝blog」より転載 《TPPシリーズ3~6》

【TPPに反対する】京都大学法学部出身農学博士で元農水副大臣の篠原孝衆議院議員のブログ「しのはら孝blog」より転載
《TPPシリーズ3~6》


TPPシリーズ3.TPP党内議論封じに反論する -11.11.1
http://www.shinohara21.com/blog/archives/2011/11/tpp_1111.html
 こういう内輪揉めをメルマガやブログにはしたくないが、慎重派の総意を代弁して訴えることとしたい。
民主党は、野党時代からいろんな政策決定過程が非常に不透明であり、最後にエイヤーと一握りの人たちに決められていることが多い。政権与党になってもその体質は残念ながら同じであり、昨年10月1日の菅総理の突然のTPP入り所信表明のように、政府が何の党内議論もなく、重要なことを言い出したり、物事を強引に推し進めたりすることが多々ある。
 重要なテーマについて、すぐプロジェクトチーム(PT)なり調査会が持たれる。これまた民主党の癖で、横断的な組織が持たれ集中討議が行われるのでよさそうには聞こえるが、結論の段階になると大体執行部が押し切って決めてしまう。会合の日時さえもその都度役員の都合で決められ、一般議員は他の仕事もかかえているため、なかなか出られないことも多い。また、自民党の会議と大きく違うのは、執行部が平場と同じく声を張り上げながら進行され、執行部対平場の反対議員の間で議論されることがほとんどだった。

(偏向する事務局人事)
 今、緊急の問題になっているTPPについて、経済連携PT(鉢呂吉雄座長)が設けられ、10月4日から突貫工事の議論が始まった。ところが、PTの役員の人選で早速変な動きがあった。初会合前に日本経済新聞にTPPに前向きな人として分類された、元外務政務官(元商社員)と元経産省官僚の2人の推進派と目される議員が事務局長と次長に名を連ねていた。当然この偏向した人事には冒頭のTV・記者入りの途中から大きなクレームが付き、翌週には役員に慎重派も加えられた。
これは民主党のマネージメント能力の欠如の代表的な事例である。よく言われるガス抜きのための形だけの会合にするために、平然とこういう信じがたい人事をして強行突破しようとしているのだ。自民党ならば、この重大ミスで会合を開くことさえできないはずである。いや、その前にこんな見え見えなことをするはずはない。

(推進派がほとんど出席しない理由―議論する前に結論が出ている)
 TPPは農業や医療だけではなく、日本のありとあらゆる制度をアメリカン・スタンダードに変える原因にもなりかねない重大問題を秘めている。そのため私も、1回も欠席せずに参加し、公正な議論を幅広く行うために意見を交わし、議論の場造りに専心してきた。
 その間に変なことに気が付いた。推進すべきという議論がほとんど皆無に近く、反対派の議員ばかりが集まっているのだ。私はこれではいけないと思い、早速鉢呂座長等に忠告した。仙谷官房長官時代の「熟議の民主主義」を党内議論で実践するためである。その夕方の議論から推進派が数人参加し、28日(金)の代議士会、参議院議員総会でも参加を促している。
なぜ推進派議員が出席しないか。答えは明瞭である。どうせ執行部がまた例によって押し切るんだから出なくてもいい、と考えているからだ。それに対し、「TPPを慎重に考える会」(山田正彦会長)の面々は、私も含めどうしても歯止めをかけたいために、他の会合等を犠牲にして出席しているのだ。このいびつな構図が執行部にはさっぱりわからないようだ。

(経済団体と初の本格的議論)
 経団連、経済同友会等経済4団体との議論が白熱した。はじめてそもそも今なぜ慌てて参加する必要があるのかといった根源的議論が行われたからである。それまでは上述のとおり、推進派が全くといっていいほど出席せず、外務省等の事務方ばかりと議論ばかりしていて、大局的な議論がなかったからだ。自民党の場合、あの喧々囂々の郵政民営化議論の最中、私の知るかぎりでは、党内の議論にも竹中大臣も自ら出席し討論をしていた。もちろん政調会長も関係議員も出席していた。
それに対し民主党は関係大臣はおろか、政調会長も1回も出席していない。TPP交渉に参加するか否かは、日本の安定した社会構造をグチャグチャにしかねない大問題であり、与党の政治家同士が真剣に議論すべきことなのだ。

(活発な議論を封じる問題発言)
 業界団体の意見を聞き、有識者の意見も聞き、10月28日(金)参議院本会議終了後15:30分から17時過ぎまで俄か仕立てで議員間の議論が始まった。
 ところが同じ日に夕刻から軽井沢で開かれた前原グループ(凌雲会)の研修会で仙谷由人政調会長代行が「党は合意を形成させないことを自己目的化して動くのは政党の形をなしていない」と全く真逆の発言をしたことがTVで流れた。また、「自分たちの信念なのか、宗教的関心なのかしらない」、「農協はTPP反対を叫んでいるが、ものの分かる人を何人か捕まえて中立化し、こちらから応援団を作る必要がある」と続けている。まさに放言である。たてて加えて、前原政調会長も「不満が残る人に配慮して物事を決めないのであれば、政策は前に進まない」と反対意見を聞いていられないといわんばかりのことを言っているのだ。民主党内の意見をとりまとめなければならない政調幹部が、反対ばかりしているとか、反対意見はきかないというのは、とりまとめ役の言うべきことではない。前述の議論を尽くさない体質が露呈してしまった。
 それよりも、派閥の会合を党の重要な議論をどちらを優先すべきか明らかである。それを出席せずに、場外で水を差しているのは、いかがなものかと思わざるをえない。
 仙谷政調会長代行は、交渉反対派は、農協に懐柔されているとでも言いたいようであるが、同僚議員は農協組織の推薦を受けず(農協は自民党議員を支援)当選してきたものがほとんどである。そのため農業団体も、民主党議員に要請はおろか、顔さえだししづらいというのが実情である。そのような中、慎重派の一部議員は、野田総理の突然の前のめりの姿勢に危機感を抱き、まさに日本の国益を考えて会合に出席し意見を言っているのだ。仙谷発言は、農業団体に対しても何たる侮辱的発言かと私の所にも抗議が寄せられている。

(万年執行部の弊害)
 どうしてこういう状況となってしまうのか。一つの理由は、民主党が政権奪取後、首相は3人目だが内閣・党の幹部となる衆議院議員の5期生以上は僅か45人程度で16%しかないことから、同一人物が一貫して執行部にいるからでもある。つまり自民党は総理が交代すると、執行部が一新されるので、自ずと逆の立場すなわち党内野党の意見にも理解を示すようになるが、民主党の執行部はずっと党内与党でい続けるため、知らず知らずのうちに独善的体質がしみついてしまっている。そしてこのことに本人たちが気づかずにいる。

(責任ある政党与党になるために)
 仙谷政調会長代行の放言は、党内の意見を取りまとめようと汗をかいている鉢呂座長等の努力に水を差すものである。2人の政調幹部は、TPP交渉への参加という結論しかない、つべこべ言うなという決めつけの姿勢を露骨に示しているのだ。それでは鉢呂PTの議論は一体何なのかということになる。仙谷政調会長代行の言葉を借りれば、これこそ政党の形をなしていないのではないか。
 仙谷政調会長代行の発言は、執行部の責任ある立場の者としては、とても捨ておけないので、10月31日(月)朝、TPPを慎重に考える会として、記者会見をして執行部に解任要求した次第である。
我々は、党内の意見をとりまとめるべく必死で議論をしている最中である。



TPPシリーズ4.元祖TPP:日米構造協議による大店法の改悪・廃止とシャッター通り化-11.11.2
http://www.shinohara21.com/blog/archives/2011/11/tpp11112.html
 3回前のブログ(過熱するTPP交渉参加の是非の議論 11.10.28)でTPPと原発について執筆中と書いたが、TPPは急を告げているので、その一部をお届けする。
 今、私は鉢呂座長の党のPTと慎重に考える会の2つの会合に出ずっぱりである。役員会も加わり、ずっとTPP三昧である。そこでの主な議論は、医療、公共調達、資格、食品の安全性、共済等様々であり、日本の社会制度そのものの改変についてのものが大半である。予測は難しく、政府、推進議員、慎重(反対)議員間の議論がかみ合わない。
 なぜかというと、どういう内容の交渉になるかわからないからだ、となると、やはり過去の歴史なり事実から、TPPが日本にそのような影響を与えるかを学ぶしかない。2回前のブログ(TPPで考える、アメリカの戦後の日本の食生活大改造の恐ろしさ 11.10.31)がその一つだ。今回は日米構造協議の結果を受けた大店法(大規模小売店舗法)改正・廃止について、そして3回目には郵政民営化についてお届けする。
 日本の地方は疲弊した原因は、二つあると思っている。
一つは無節操な農林水産物の関税の引き下げであり、もう一つは日米構造協議の結果を受けた大店法の改悪による商店街のシャッター通り化である。地方の文化・伝統の担い手である商店街が空洞化し、日本の地方社会がいかにしてズタズタに引き裂かれていったかを示す。TPPは、この数倍の圧力で、日本を混乱させる方向性がある。

(大店法の制定による出店規制)
 大店法(大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律)は、1973年に成立(74年施行)された。中小小売業保護の立場から、一定以上の面積(1,500㎡ 政令指定都市等では3,000㎡)を有する建物を規制の対象とし、店舗の新増設、開店・休業日数、閉店時刻について届出を課し、通商産業大臣は、周辺小売業に及ぼす影響が大きいと認めるときは、大規模小売店舗審議会の意見をふまえて勧告することができるという法律であった。
 しかし、経済の成長と共に、大規模店舗出店の勢いは止まらず、施行前の既存大規模店舗数 約1,700が、たった5年で2倍弱にまで膨れ上がっていった。同時に、中型店舗の新設も盛んに行われたことから、中小小売業者に対する大きな脅威となっていった。
そのため、1978年に規制対象を1/3の規模に引き下げるなど規制を強化し、さらに1981年には、通商産業省により、大規模店舗の出店を自粛する行政指導と、出店届出の「窓口規制」まで行われるようになった。

(日米構造協議により大幅規制緩和)
 この規制強化の流れが完全にひっくり返ったのが、アメリカの圧力ともいえる日米構造協議である。アメリカは、いろいろな日本的システムの中の一つとして大店法を厳しく攻撃した。外国製品をより自由に販売できる大規模店の出店が規制されているため、外国製品、なかんずくアメリカからの輸入品の販売が阻害されているという論理であった。常識的にみれば、とってつけたような難癖でしかない。ところが、驚くべきことに日本はこのアメリカの要求に屈していく。
 交渉の結果、大店法は改正され大幅に緩和されることになる。アメリカは通商301条(スーパー301と称された)による輸入停止や他の品目にも制裁措置を課すクロス・リタリエーションを楯にして日本を攻撃したが、日本国内の世論にも、大店法や複雑な流通機構は消費者の利益を侵害しているという米国の意見に同調する意見も多かった。
 1991年には、売場面積を、2倍の3,000㎡(政令指定都市等では6,000㎡)に引き上げ、商業活動調整協議会を廃止、出店調整は大規模小売店舗審議会に一本化、調整処理期間は1年以内とすること等を内容とする改正大店法が成立した。更に1994年には、1,000㎡未満案件は原則自由とされ、届け出をしなくてもよくなり、閉店時刻や休業日数の下限も緩和された。これらはすべて、アメリカの要望に沿ったものだった。

(大店法廃止で商店街が衰退)
 1991年の再改正大店法により、大規模店舗の出店はかなり容易になり、従業者50 人以上の大規模店は、改正前の1991年の9,009から2007年には2倍の17,547と着実に増え続けている
また、1970年代後半から、大手資本を中心にしたコンビニエンスストアも普及し、個人商店を圧迫していった。1972年に2.3万店あったコンビには、1991年には4.2万店に増えた。
 その結果、従業者49 人以下の中小規模の店は、同期間に約160万から約122万と35万店も減少し、従業者1、2 名の個人商店になると、1982年に100 万軒以上あった店舗数が、1997年には71 万軒弱、2007年には50 万件を下回るほどになった。
 商店街団体に対して行っているアンケート調査によると、大店法改正後の1995年に商店街の抱える問題としもっとも多かったのは、「大規模店に客足がとられた」であったが、現在では退店・廃業の理由として62.6%が理由として後継者不足をあげている。若者が参入しない地域は衰退していくのは当然であるが、それもこれも大店法の改正が切っ掛けとなったのは明らかである。

(アメリカ型郊外店が地方の商店街を潰す)
 大規模店は、自家用車の普及やバブル期の地価の高騰を背景に、既存の商店街など町なかから、新たに開発された住宅地や幹線道路沿いなどの郊外に出店する傾向が強く、1990 年代に新規開業したショッピングセンター(SC)の60% 強が郊外地域に立地している。
 この結果、商店街のあちらこちらに廃業した空店舗が目立つようになり、シャッター通りという言葉が生まれた。郊外に進出するため商店街の既存の大規模店舗が閉鎖されるケースも相次ぎ、かつての賑やかなアーケード街はすっかりがらんどうになってしまっている。
 近代的消費のさきがけとして登場した百貨店でさえ、バブル崩壊以降の消費者の低価格志向や、近年は「ユニクロ」や「しまむら」に代表されるファストファッションと呼ばれる低価格衣料店に押されて、売上高、店舗数を減らし、とくに地域に根付いた地方百貨店の閉鎖は、アーケード街のシャッター通り化と相まって、その中心市街地の衰亡を強く印象づけている。
 商店街の衰亡は、商業の問題にとどまらず、中心市街地の空洞化という都市問題にまで発展し、コミュニティの崩壊にまでつながっている。また、消費者の側からみても、自家用車を持たない人々や高齢者などには、旧来の商店街の衰退は生活に大きな不便が生じる。いわゆる買い物難民もあちこちに増えている。

(地方の小さな市にも進出する全国チェーン店)
 私の選挙区に長野県最北の市、飯山市がある。かつては見事な商店街があったが、大規模店に押され、全国で見られる地方の商店街同様、今は閑古鳥が鳴いている。高速の豊田飯山インターから飯山市街地に行く間に、通称「群馬通り」と呼ばれる一大ショッピングセンターが田畑を潰して煌々と照明をつけている。しまむら、ガスト、サージ、かっぱ寿司、アメリカンドラッグ、タカギ、ワ-クマン、ベイシア、オートアールズ、カインズホーム、ツタヤ、ドコモ、・・・と、東京にも全国各地にもある店名が並ぶ。こののっぺらぼうな街並みは北信州の飯山の風景にはまったく溶け込まない。
 私は、アメリカとフランスで計5年間外国暮らしをしている。こののっぺらぼうな街のはずれの巨大なショッピングモールとウォルマートがどこにもあるアメリカ中西部と、どこでも小さな気のきいた店が並ぶフランスの街という両極端を見てきた。世間話をしながら、毎度おなじみのおじさんやおばさんの店を回るのと、ばかでかいスーパーで買い物するのと、どちらが住みやすくどちらが心豊かかは明かである。もちろんフランスにもスーパーはあるが、地元の商店街を木っ端微塵に蹴散らしてしまうような愚策は断じてない。むしろ、逆に、個人商店を守る工夫をしている。都市の魅力の根源がどこにあるか考えたらよくわかるはずである。
 EUは農産物64品目も守り、地方の商店街も守ったのだ。ところが、我が日本は、輸出しやすい環境を維持するために地元商店街を売り、自動車を売るために、丸太・製材から始まり、麦・大豆・菜種を次々にアメリカに差し出してしまった。この間違った政策が、日本の地方を不幸に陥れてしまった。彼我の政策の違いを見るにつけ、溜息がもれ、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。

(日本的なものを進めるジャパナイゼーション)
 NZのケルシー教授は、アメリカは自国の規格をそのまま、TPP加盟国の規格にするということを狙っていると指摘している。まさに日米構造協議の大型版であり、TPP参加により日本の仕組み自体、例えば、労働規制や食品の安全規制、裁判の仕組みまでも、それこそ国のかたちまでも変えられてしまう大きな変化に見舞われるのではないかとさえ言われている。
 日本には日本のルールがある。それなりにうまく働いてきたのに、なんでもすぐアメリカのルールにしなくていいのだ。外務省・経産省とか財界はなぜか自虐的で、進んで日本的なものを捨てたがる人が多いようだが、今は日本的なものを守り、工夫してもっとよいものにしていくこと、すなわちジャパナイゼーションのほうが大切ではなかろうか。都市のコミュニティを存続させ、暖かみのあるその土地その土地の特色のある町並みと、各地の町民文化を継続させていくことにもっと目を向けるべきではないだろうか。われわれは、日本の安定したシステムをこれ以上アメリカ流に変えるべきではないと考える



TPPシリーズ5.郵政民営化とTPPの類似性-11.11.4
http://www.shinohara21.com/blog/archives/2011/11/tpp11114.html
 TPPの議論は佳境を迎えている。政府と与党民主党幹部の不規則発言の中、我々は粛々と議論を重ねている。学校給食へのパン食の導入、大店法の改悪による地方商店街のシャッター通り化に次いで、第3弾として、それこそアメリカの言いなりになった郵政民営化の悪例を示す。
 TPPの中身の一つが郵政民営化だが、TPPはその数倍の内容の重さであり、日本のよさの大半を失わせてしまう危険性を秘めている。

(郵政民営化とTPPの違い)
 小泉首相は郵政を民営化するとわめきちらして解散まで持ち込んだ。国民がほとんど関心を持っていなかったものをシングル・イッシューに仕立て上げ、解散総選挙をやるというのも大変な博打であるが、日本の国民は完全に乗せられてしまった。
アメリカの金融資本が日本の郵便貯金226兆円、簡易保険119兆円と、300兆を超える資金に目を付け、それに手を付けさせろという要望が1995年の第2回の「年次改革要望書」に出され、1999年版には、Kampoと名指しして簡易保険を攻撃した。2004年には小泉の構造改革、郵政民営化の動きと呼応して、保険、銀行、宅配便に攻撃を仕掛けてきた。そして、それに応える形で郵政民営化が行なわれた。この場合は、アメリカの業界団体、金融資本がぜひそうしろという姿勢を示していたのである。
しかし、今回はアメリカの諸々の団体が日本をTPPに入れろとか、ここを直させろと声高に言っているわけではない。もちろん、例えば医薬品業界のようにアメリカの医薬品がもっと日本に入りやすくするようにという要望はあるにせよ、どうしてもTPPに日本を入れ込んでやろうということまで言っていない。あまりにも扱う範囲が広すぎてよくわからないのだ。専らオバマ大統領の再選に向けた格好付けが主目的で、それに日本政府が付き合わされているに過ぎない。
(劇場型一人芝居は全く同じ)
 ところが郵政民営化との大きな類似性は、アメリカのそこはかとないプレッシャーに負けて、TPP交渉ぐらいは参加しようとしていることである。菅前総理も野田総理も気が付いていないが、結局、日米同盟が基軸だが、普天間問題で少々ぐらついているので、アメリカの困っていることは聞いてやらなくちゃいけないというような態度を知らず知らずのうちにとっている。
 アメリカがそれほど要求していないものを、日本国内でやたら農業と輸出産業界との対立を煽るような形にして、劇場型にしているという点では、郵政民営化と全く同じことである。自らAPEC前に決断などというのは、自分で自分を追い込むばかりで、自虐的ですらある。
 外務省は、早速、医療制度や保険制度は今回の対象には入っていないと適当なことを言ったが、アメリカは次々と要求をし続ける国である。

(しつこく繰り返す郵政民営化要求)
 TPPの24分野で、アメリカが一番力を注いでいるのはサービス(金融)と投資の2つの分野であり、郵政なかでも特に保険についてのアメリカの強烈な要求が続けられている。農協に興味を示すのも共済に関心があるからである。
 2011年9月17日に公表された米日経済協議会の「TPPへの日本の参加の実現に向けて」で、日本郵政などの国営企業が公正かつ対等な競争条件が満たされない状態で国内外の民間企業と競争することを引き続き実施している、と批判している。ゆうちょ銀行とかんぽ生命を合わせた世界最大の金融機関(300兆円を超える)は、100%国有であり、政府の支配下にあり、日本政府により様々な優遇措置を享受していると指摘している。
 執拗な要求はまだ終わっておらず、TPP交渉に入ろうとすれば、またまた無理難題を押しつけてくるのが目に見えている。アメリカの得意分野は、金融・サービス、投資、知的財産、そして農業、高性能武器くらいしかないのだ。

(狙いは金融と共済)
 我々は外国との交渉を終えると一区切りでホッとする。しかし、アメリカという国はすぐまた次の注文を言ってくる。郵政分社化の後は、同じく金融と共済を持つ農協に目を付け、それを分社化しろという要求である。それを受けて宮田義彦オリックス会長を議長とする政府の規制改革・民間開放推進会議が提言しようとした内容がひどいものだった。日本の軟弱な対応にほくそえんだアメリカは、貯金76兆円、共済41兆円と、郵貯・簡保に次ぐ巨大な117兆円の農協資金に目を付け、農協を信用、共済、経済(購買・販売)の3つに分けろというものである。農協の大事な営農技術指導など端から念頭になく、まさに農協の解体である。しかし、農協では、営農指導員が一斉貯金日には各農家を回り貯金集めを手伝う。また、お金を貸すときは、営農指導員が融資担当者に農家の能力を見極める大事な情報を提供する。一人が何人分のあるいは何種類の仕事をし、人と人とのつながりでもっている。
 もちろん、こんな無鉄砲な案は最終提言には残らなかった。しかし、アメリカの外国貿易障壁報告書には、正直に、共済に関する規制や監査を競争相手である民間企業と同じ条件にすべきと明確に書いてある。これが、TPPで白日のもとに晒され、県民共済、全労済にも拡がっていく。それを、連合はなんと考えているのか、TPPに参加すべきと言っているのは、外務省の情報開示が足らないばかりではあるまい。

(郵政分社化が山奥の絆まで奪う)
 長野県の私の選挙区内等では、郵便局が各地方自治体と契約を結んで、自治体の情報を提供するサービス、産業廃棄物の不法投棄に関する情報提供、徘徊シルバーSOS、お元気訪問、道路の損傷等の情報提供、土砂災害防止協定、三次災害防止協定等、各種のいろいろな仕事(施策)を実施していた。何のことかおわかりだろうか。人のあまりいない山間部で郵便配達の折、道路の傷み具合を見て報告したり、一人暮らしの高齢者がちゃんと元気でいるかどうかを回ってきたりしているのである。また、分社化前の郵便局では、郵便配達人が時に年老いた一人暮らしの老人に頼まれて貯金を下ろしてくることもできた。
 こういったサービスは、郵政の三分社化でできなくなっている。山奥に培われた郵便配達人とお年寄りの絆を郵政分社化・民営化がこわしているのだ。

 私はこのようなアメリカの内政干渉を許すわけにはいかない。TPPには、このような日本のよき社会システムをこわしてしまう種が目白押しだということを肝に銘じておかなければならない。



TPPシリーズ6.自由貿易・国際分業論を捨てグッズ・マイレージの縮小を-11.11.5
http://www.shinohara21.com/blog/archives/2011/11/11115_1.html
 環境の世紀21世紀には、環境に優しい生き方をしなければならない。その具体的な例が、物の輸送をなるべく少なくすることだ。なぜならば、物の輸送には必ず、CO2の排出が伴うからである。

(現地生産は環境上もコスト面からも当然の帰結)
 自由貿易というのは一種のイデオロギーになっていて、これは絶対的善で、これはしなければいけないという強迫観念に駆られている人たちが大半である。自由貿易というのはなるべく貿易量を増やす、このことにつきている。それに対して、貿易量はなるべく少なくし、人の行き来や、技術の交流、知識の交流は増やすべきだけれども、その国に必要なものはその国でなるべく作るというほうが理にかなっている。
 この問題は今やもう解消しつつある。ホンダの車もトヨタの車も現地生産をし、現地でもって調達されている。輸送コストを考えたら当然のことである。最近の企業の海外移転は、日本の法人税が高すぎる、賃金が高すぎるからなどと言われるけれども、最終消費地の一番近くで製品化するのが一番安く、特に輸送コストが安くなっているということを考えると理にかなっている。従って、TPPで相手国の関税をゼロにしたり、人件費の差が少々縮まったり、投資をしやすくしたりしたところで、海外移転を食い止められるわけではない
<フード・マイレージからグッズ・マイレージ>
 私は食べ物の世界で「地産池消」そこで獲れたものをそこで食べる、「旬産旬消」そのとき獲れたものをそのときに食べることを主張してきた。そして、前者を計量的にバックアップするものとして、フード・マイレージという概念を使い始めた。韻を踏んで、木材の貿易に関わるウッズ・マイレージ、そして、全ての貿易に関わることがグッズ・マイレージと主張を広めている。環境に優しい生き方をするのは、これらのマイレージをなるべく少なくするのが理にかなっている。
 農業の場合は新鮮さ、ポストハーベスト農薬等を考えても、あるいは冷凍・解凍に伴う無駄なエナルギーを使うことを考えても、そのときその場所でできたものを食べるのが一番いいとうのはすぐにわかるはずである。

(加工畜産・動物工場は長続きせず)
 TPP推進論を説く経済学者や評論家が決まって言うことがある。さすがに米等についてはあまり言わないけれども、園芸作物、あるいは中小家畜等に競争力があり、オランダと同じように輸出国になれる。オランダは日本よりも面積が狭いのにもかかわらず、世界第2の農産物輸出国だ。日本もTPPに参加し、その技術力を活かしてオランダ型農業を目指すべきだというご高説だ。
 オランダは、飼料作物を山のようにアメリカから輸入し、農場を工場代わりにして、肉や卵や牛乳を加工生産する。しかし、その結果、家畜の糞尿の処理能力を超え、いつでもどこでも牧場の匂いがする国となっている。取り返しのつかない土と水の汚染である。残念ながら南九州の一部ではオランダと似た状況になりつつある。そのように国土を汚してまで加工畜産をやる必要があるのか。答えは明らかにNOである。
 農業というのは、自然に働きかけて、人間の都合のいい食べ物を分け与えていただく、まさに「いただきます」の精神でやらなければいけないものだ。生産にしろ消費にしろ、日本人はもう少し原点に立ち返って、倫理的なことも考えていかなければならない。小さな日本に1億2800万人がひしめいて暮らしている。一にも二にも日本人に食料を、そして美しい景観を維持することを考えて農業生産をするのが王道である。

(イギリスの空輸シール)
 CO2を大量に排出して運んだ輸入木材を使って作った家に住むのは、環境上好ましくないはずである。しかし、日本には残念ながらそこまで考える人は少ない。ところが、環境先進国イギリスはナショナルトラストを始めただけではない。食べものの世界で、空輸された場合、空輸シール(Air Freighted)を貼り、「あなたは、これだけ環境を汚して海外から送られてきたものを、それでも食べるのですか」と警告を発している。日本人の常識では、店主が貼るのを拒否するだろう。理想は、そんな罪深い食べ物を販売すべきではないのだろうが、イギリス流の妥協の産物で判断を消費者に委ねているのだ。
 これを更に一歩進め、私は環境によくない運ばれ方をした材木ということで、輸入制限をしてもいいのではないかと考えている。これは何も材木に限ったことではない。世界中で環境保全するためには、国内の環境税だけでなく、国際的にこそ環境税をかけていくべきなのだ。なぜなら、国際交易のほうがずっとCO2の排出が多いからだ。つまり、グッズ・マイレージへの課税を考える時期がくるかもしれないということだ。

(企業の海外移転はグッズ・マイレージ削減の結果)
 企業の海外移転は紛れもなく、コスト削減のために行なわれている。その上で結果としてこのグッズ・マイレージを少なくし、輸送に伴うCO2の削減という副次的効果を生んでいる。前述のように法人税やそういった問題ではないのである。消費者の一番近くで最終製品をつくる。これが一番コストが少なくなる。日本が原材料を輸入し、それを加工して製品を造り、輸出するというのは、技術格差や人件費格差が相当にある一時のことにすぎない。かつての日本の花形輸出品である繊維製品は、1960年代にはアメリカを日米繊維交渉で悩ませたけれども、今や日本から消えている。その時にアメリカの交渉担当者は、日本もすぐにアメリカの傷みがわかるようになると予言している。今、テレビやカメラや家電製品までも、東南アジアや台湾、中国で作られているのと同じように、いずれその最終消費地の国で作られるようになっていく。従って、いつまでも日本だけが貿易立国というのはあり得ない。それをまだ在りし日の夢を追って、自由貿易自由貿易と唱えているほうが時代遅れでおかしいということになる。日本には、環境の世紀21世紀にふさわしい行き方こそ求められているのだ。

<加工貿易国はゴミだらけの運命>
 私はこのことを、2001年5月15日の朝日新聞 私の視点「地産池消で循環型社会を」で明らかにした。フード・マイレージという言葉もそのとき始めて使った。日本は世界一の輸出国であると言われているけれども、それは金額ベースであって、物ベースでいうと、7億トンを輸入し、1割の7千万トンしか輸出していない、6億3千万トンが日本の空気や、水、土地に残されている。圧倒的輸入大国なのだ。これをニュートラルにするには、例えば飼料作物の運搬船に日本の糞尿を積み、中西部に戻って撒いてもらわないとならないことになる。さもなければ、日本は窒素過多になり、飲み水さえも汚されてしまうことになる。つまり農業はオランダ型の畜産が長続きしないのは勿論、今の日本の加工畜産さえ長期的には問題なのだ。
 その延長線上で考えると、ゴミ問題が一番深刻化したのは、愛知県名古屋市だと言われている。理由は簡単である。浜松も含めた中京地区が、遅れてきた高度経済成長地域であり、一番大量の原材料が名古屋近辺に運び込まれているからだ。したがってゴミも大量に出て、そのゴミの行き場所がなく、岐阜県の山の中に捨てられることになる。そして、とうとう三崇町長がゴミ問題で狙撃されたりする事件が起こることになる。これを同じように言えば、ゴミ・マイレージということになる。ゴミの輸送コストなど尚更少なくしなければいけない。東京近辺の千葉、神奈川、埼玉などの農地がゴミ捨て場として狙われているのも、ここに原因がある。

環境に優しく生きることこそ、21世紀の世界共通の理論であるとしたら、自由貿易・国際分業論に代わるべきルールは、グッズ・マイレージを少なくすることではないだろうか。


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