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2004年発表転載『第五福竜丸をめぐる新たな真実』高橋博子/CIA、水爆実験偵察疑い第五福竜丸調査 証拠なし(朝日新聞)

2004年発表PDF転載。

第五福竜丸をめぐる新たな真実 高橋博子(広島平和研究所助手)http://serv.peace.hiroshima-cu.ac.jp/dletter/n1804.pdf

 1954 年3月1日、ビキニ環礁で実行された米国の水爆実験によって第五福竜丸が被ばくしてから、半世紀もの年月がたった。しかし今日になってようやく明るみに出た事実がある。それは CIAが福竜丸乗組員をスパイ容疑で調査していたという事実である。

1.米中央情報局(CIA)の福竜丸調査
 福竜丸事件が起こった当時、米議会原子力委員会のコール委員長は「日本人が漁業以外の目的で実験区域へ来たことも考えられないことはない」と、実験前に米国が指定していた「危険区域」に福竜丸がスパイ目的で入ったため被ばくしたことを示唆する発言をしていた。さらに 54 年5月1日付の『中部日本新聞』は、外務省からの依頼で、日本警察と公安調査庁が福竜丸乗組員を思想調査していたと報道した。ところが同紙によれば外務省は次のような見解を示した。
「外務省から国[ママ]警(注:日本警察)に乗組員の身元調査を依頼したことはない。アメリカからもそのような要請を受けたこともないし調査する理由もわからない。全く事実無根だ」
 しかしながら、『米公文書機密解除資料集 98 年度版』に収録されている米原子力委員会文書は、米原子力委員会のルイス・ストローズ委員長が CIA に福竜丸のスパイ調査を依頼し、CIA が調査結果を報告していたことを示している。文書は CIA の秘密工作の責任者であるフランク・ウィズナー計画本部長からストローズへの 54年4月 29 日付の手紙、CIA による福竜丸調査報告の要約3ページ、ストローズからウィズナーへの5月7日付返信の計5ページで構成される。
「水爆実験による福竜丸の被ばく状況に関する CIA 調査」と題するこの調査の主な目的は、福竜丸が事前に米国が指定していた核実験の「危険区域」に入っていたのかどうか、そうでないにしても、偵察を行い爆発を記録する目的で、また、反米プロパガンダのために、意図的に被ばくしたのかどうかについて結論を出すことであった。
 まず、船が「危険区域」の外にいたのかどうかについては、報告書には次のように記述されている。「福竜丸の航海日誌、航跡図、航海記録、航法計器の正確さや、航海士の適正を確認する機会がなかったため、米国政府当局はその実際の位置を見積もることはできなかった。しかしながら同船は「危険区域」外にいたという日本政府の公式声明に加えて、[ 国家機密にかかわる情報削除 ]」 このように最後の部分は削除されているので、この文書からは福竜丸が「危険区域」外にいたのかどうかについての結論は不明である。
しかし、国務省文書によれば、日本政府の公式声明後、外務省は米国大使館に対して航跡図などのコピーを提出しているので、それらを米国独自に分析する機会があり、当該資料に基づいて、福竜丸は「危険区域」外にいたという結論に達していたはずである。つまり、削除された部分には、日本側の具体的協力を示す内容と、その結果得られた資料に対する米側の分析が書かれていた可能性が高い。
 報告書は続いて「乗組員を診ている日本人医師は疑わしいか」「特別な機器が搭載されていた形跡はないか」、「ロシア船と接触した形跡はあるかどうか」、「(米側の)捜査用に別の船が提供された可能性はないか」といった捜査項目を挙げ、いずれもその形跡はないと結論づけている。ウィズナーはストローズ宛の書簡にて、同調査の結果として、日本政府は重要な情報を隠していた形跡はないことを強調した。
 この文書から明白になったのは、日本政府は米側の福竜丸乗組員のスパイ疑惑に対応した調査を行ったこと、スパイの疑いがないとする日本側の調査結果が信頼できることが CIA 調査によって確認されたことである。
つまり、先の『中部日本新聞』54 年5月1日付に掲載された外務省見解は明らかに事実に反していた。

2.ストローズ原子力委員会委員長の声明
 第五福竜丸は、「キャッスル作戦」と呼ばれる核実験シリーズ(54年3月1日から5月 13 日にかけて6回実施)の最初の爆発「ブラボー・ショット」によって被ばくした。CIA への調査の依頼主であるストローズは、3月 26 日に実行された2回目の実験後に出した3月 31 日の声明で、2つの実験が「ともに成功した」と述べた。
そして実験が周到に準備されたにもかかわらず事故は起こったとし、「福竜丸は捜索では見逃されていたようである。しかし、核爆発の閃光を見た6分後に振動を聞いたという船長の発言に基づけば、船は危険区域内にいたに違いない」と、被ばくの原因は、実験当局者の責任ではなく福竜丸側にあるかのような説明を行っていた。また彼は、23 人の福竜丸乗組員、28 人の米兵、236 人のマーシャル諸島の住民が放射性降下物の降る地域にいたとしながら、28 人 の 米 兵 は「 誰 一 人 と し て や け ど を 負 っ て い な い 」 と 述 べ、236 人の住民も「私には丈夫で幸福そうに見えた」と、「ブラボー・ショット」から 1 カ月たってもそれに起因する病気が見られないことを告げた。
 46 年に実行されたビキニ環礁での実験「クロスロード作戦」の場合は、当初3回の実験が計画されていた。しかし2回目の水中爆発で、放射能汚染による被害が大きかったため、3回目の実験は大統領命令で中止された。
しかし、54 年の「キャッスル作戦」では、実験は予定通りその後も続行された。
 先述したように CIA の福竜丸調査は、結果的にはスパイ疑惑を立証できなかった。しかし調査期間中、実験当局者が福竜丸をスパイ視することによって自らの責任を直視せず、実験を続行し、水爆実験は「成功だった」と位置付けた意味は重い。同事件は、反核世論が国際的に広がるきっかけになったが、少なくとも当面は、米ソ軍拡競争に拍車をかけることへの歯止めになったわけではないのである。

3.機密情報と機密解除情報の境界線
 同文書によって、日本の外務省が否定してきた CIA の福竜丸調査が、実際には行われ、日米の関係諸機関がそれに協力していたことが明らかになったが、報告書の中の7カ所、約 20 行分はいまだに「国家機密にかかわる情報」として削除されたままである。削除された部分には実際どのような情報が隠されているのであろうか。
米国国立公文書館のアーキヴィスト(注:文書専門官)で OSS(CIAの前身)- CIA 資料の専門家、ジョン・テイラー氏に同資料を見せたところ、きわめて明快な回答が返ってきた。
「この資料のより完全なコピーが必要だと書いた手紙を、資料を添付して次の宛先に出 し な さ い。 1 行 目 は FOIA Of ce(情報公 開 部 )、 2 行 目 はCIA、3行目は Washington, D.C. 20505」
 とりわけ冷戦期以降、あまりにも多くの米公文書は「国家機密にかかわる情報」として扱われ、真実がいまだに見えない状態である。
機密情報と機密解除情報との境界線が広がるか広がらないか、今後の CIA からの回答が見ものである。



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CIA、水爆実験偵察疑い第五福竜丸調査 証拠なし (朝日新聞)
http://www.asyura2.com/0311/war42/msg/740.html
投稿者 シジミ 日時 2003 年 11 月 16 日 09:19:04:eWn45SEFYZ1R.
http://www.asyura2.com/0311/war42/msg/740.html
http://www.asahi.com/national/update/1116/004.html

54年のビキニ水爆実験で、米国が設定した危険区域近くで操業中に被災したマグロ漁船・第五福竜丸に対し、米中央情報局(CIA)が実験を偵察していた「スパイ船」の疑いをかけ、調査報告書を米原子力委員会に出していたことが分かった。報告書の結論は「証拠なし」だったが、冷戦下、核開発にしのぎを削った米ソ対立の一端を示している。

 CIA報告書(覚書)の表題は「水爆実験における福竜丸の被曝(ひばく)状況調査」(全文3ページ)。54年4月29日付で、秘密工作担当部局の責任者が、核実験を管理していた米原子力委員会の委員長あてに作成した。90年代後半に機密解除された米公文書の中から広島平和研究所の高橋博子研究員(34)が見つけた。

 報告書によると、調査の主目的は「核爆発偵察のために危険区域に近づいた形跡はないか」「帰港前にソ連側の船と接触したのか」など。1カ月余り調査し、「正当な漁業目的があり、スパイ活動の証拠はない」と結論付けている。

 一方、朝日新聞社が入手した米国務省作成のビキニ事件記録によると、54年4月3日、日本の外務省は乗組員の政治思想などを在日米大使館に提供。米の調査に協力していたこともわかった。

 米国は当時、ビキニ環礁を囲む東西630キロ、南北280キロを危険区域とし、警戒していた。第五福竜丸は同区域の東方約30キロで被災した。米国は核情報の手がかりとなる死の灰がソ連側に渡ることと、反米宣伝の広がりを警戒しており、米原子力委がCIAに調査を指示したとみられる。 (11/16 06:37)



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