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【転載】【特別寄稿(上)】宇沢弘文・東京大学名誉教授 ■パックス・アメリカーナの惨めな走狗となって◆TPP参加が意味するもの

*以下、転載(再掲載)

【特別寄稿(上)】菅政権のめざすことと、その背景 宇沢弘文・東京大学名誉教授、日本学士院会員

・TPP参加が意味するもの
・「開国」とは何だったか?
・自由貿易は人間を破壊する
・社会的共通資本を守るのが政府の役割
・パックス・アメリカーナと新自由主義、市場原理主義

 年初に第二次改造を行った菅政権はTPP(環太平洋連携協定)参加について6月をめどに判断するとして国会等に臨んでいる。TPPは繰り返し主張してきたように農業問題にとどまらず、「この国のかたち」が問われる問題であり、国民的な大議論が必要だ。そのために何が根本問題なのかを見極める必要がある。本紙では今号と次号の2回にわたって菅政権の問題について宇沢弘文東大名誉教授に寄稿してもらう。

パックス・アメリカーナの惨めな走狗となって

◆TPP参加が意味するもの

 日本が現在直面している最も深刻な問題は、菅直人首相自ら「平成の開国」と叫んで、積極的に進めているTPP参加に関わるものである。
 TPPは、2006年5月、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国の間で締結された自由貿易協定を広く環太平洋地域全体に適用しようとする。2015年までに工業製品、農産物、金融サービスなどすべての商品について、関税、その他の貿易障壁を実質的に撤廃するだけでなく、医療、公共事業、労働力の自由化まで含めて、究極的な貿易自由化を実現することを主な目標に掲げて、政府間の交渉を進める。これまでオーストラリア、ペルー、米国、ベトナム、つづいてコロンビア、カナダが参加の意向を表明してきた。米国政府は東アジアにおける経済的ヘゲモニーを確保、維持するために、米国の忠実な僕として仕えている日本政府に対してTPPへの参加を強要している。
 貿易自由化の理念は、参加各国が同じ土俵に上って、同じルールにしたがって市場競争を行なうものである。このことが何を意味するのか、米国とベトナムを例にとって、農業に焦点を当てて考えてみよう。


◆ベトナム戦争がもたらしたもの

 ベトナム戦争の全期間を通じて、米国は、歴史上最大規模の自然と社会の破壊、そして人間の殺戮を行なった。米軍がベトナムに投下した爆薬量は、第二次世界大戦中を通じて全世界で使用された量の、じつに3倍を超えている。その上、ダイオキシンを大量に撒布して、森林を破壊し、すべての生物の生存を脅かす枯葉剤作戦を全面的に展開した。戦争が終わってから30年以上経った現在なお、奇形をともなった幼児が毎年数多く生まれている。広島、長崎への原爆投下にも匹敵すべき、人類に対する最悪、最凶の犯罪である。また20%近い森林はダイオキシンに汚染されて、竹以外の植物の生育は難しい。農の営みに不可欠な役割を果たす森林の破壊は深刻な傷跡を残している。
 他方米国は、英国植民地時代から何世紀にも亘って、先住民族の自然、歴史、社会、文化、そしていのちを破壊しつづけた。米国の農業は、先住民族から強奪した土地を利用して、氷河時代に蓄積された地下水を限界まで使って行なわれている。そして米国の都市構造、輸送手段、産業構造は極端な二酸化炭素排出型であって、人類の歴史始まって以来最大の危機である地球温暖化の最大の原因をつくり出してきた。


◆「開国」とは何だったか?

宇沢弘文・東京大学名誉教授、日本学士院会員 このような極端な対照を示す米国とベトナムが、農産物の取引について、同じルールで競争することを良しとする考え方ほど、社会正義の感覚に反するものはない。米国とベトナムほど極端ではないが、同じような状況が世界の多くの国々について存在する。このことが、現行の平均関税の格差になって現われている。各国は、それぞれの自然的、歴史的、社会的、文化的諸条件を充分考慮して、社会的安定性と持続的経済発展を求めて、自らの政策的判断に基づいて関税体系を決めているからである。
 関税体系は、それぞれの国の社会的共通資本と私的資本の賦与量の相対的比率に密接な関わりをもち、経済的諸条件、とくに雇用に大きく影響を与えるだけでなく、資本蓄積の具体的な構成、さらに経済成長率にも影響を及ぼし、将来の経済的諸条件に対しても不可逆的な影響を与える。
 菅直人が「平成の開国」と叫ぶとき、「安政の開国」を念頭に置いてのことであろう。1858年井伊直弼によって締結された日米修好通商条約は、治外法権、関税自主権の放棄、片務的最恵国待遇からなる極限的な不平等条約である。
 「安政の開国」の結果、日本の経済、社会は、とくに農村を中心として、致命的なダメージを受けることになった。農村の窮乏、物価騰貴、それにともなう社会不安が、桜田門外の変、明治維新を経て、不平等条約改正への大きな流れを形成していった。しかしその道は厳しく、関税自主権の完全回復は1911年になってようやく実現した。
 その後も、日本の国民の多くには、列強に対する強烈な被害者意識が心の深層に厳しく残っていて、暴虐な軍国主義の台頭を許し、つぎつぎとアジアの隣国を侵略し、無謀な太平洋戦争に突入し、そして敗戦の苦しみを嘗め、挙句の果てにパックス・アメリカーナの惨めな走狗となってしまった。
 菅直人が虚ろな顔をして「平成の開国」と叫ぶとき、日本の首相としてこの歴史をどう考えているのだろうか。


◆自由貿易は人間を破壊する

 自由貿易の命題は、新古典派経済理論の最も基本的な命題である。しかし社会的共通資本を全面的に否定した上で、現実には決して存在し得ない制度的、理論的諸条件を前提としている。生産手段の完全な私有制、生産要素の可塑性、生産活動の瞬時性、全ての人間的営為に関わる外部性の不存在などである。
 この非現実的、反社会的、非倫理的な理論命題が、経済学の歴史を通じて、繰り返し登場して、ときとしては壊滅的な帰結をもたらしてきた。ジョーン・ロビンソンがいみじくも言ったように、自由貿易の命題は支配的な帝国にとって好都合な考え方だからである。十九世紀から二十世紀初頭にかけての英国、二十世紀後半の米国に象徴される。
 その結果、世界の多くの国々で、長い歴史を通じて大事に守られてきた社会的共通資本が広範に亘って破壊されて、図り知れない自然、社会、経済、文化、そして人間の破壊をもたらしてきた。


◆社会的共通資本を守るのが政府の役割

 社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置を意味する。
 山、森、川、海、水、土、大気などの自然環境、道、橋、鉄道、港、上・下水道、電力・ガス、郵便・通信などの社会的インフラストラクチャー、そして教育、医療、金融、司法、行政、出版、ジャーナリズム、文化などの制度資本から構成される。とくに自然環境は、それぞれの国、地域の人々が長い歴史を通じて、聖なるものとして大事に守って、次の世代に伝えつづけてきたものである。

平成23年1月29日(現地時間)世界経済フォーラム(WEF)2011年年次総会(ダボス会議)の特別講演後、質疑に答える菅総理

(イメージ写真)
平成23年1月29日(現地時間)世界経済フォーラム(WEF)2011年年次総会(ダボス会議)の特別講演後、質疑に答える菅総理

 社会的共通資本の管理について、一つの重要な点にふれておく必要がある。社会的共通資本の各部門は、重要な関わりをもつ生活者の集まりやそれぞれの分野における職業的専門家集団によって、専門的知見に基づき、職業的規律にしたがって管理、運営されなければならない。
 社会的共通資本の管理、運営は決して、官僚的基準に基づいて行なわれてはならないし、市場的条件によって大きく左右されてもならない。社会的共通資本は、それ自体、あるいはそこから生み出されるサービスが市民の基本的権利の充足にさいして重要な役割を果たすものであって、一人一人の人間にとって、また社会にとっても大切なものだからである。
 政府の経済的機能は、さまざまな社会的共通資本の管理、運営がフィデュシァリー(社会的信託)の原則に忠実に行なわれているかどうかを監理し、それらの間の財政的バランスを保つことができるようにするものである。政府の役割は、統治機構としての国家のそれではなく、日本という国に住んで、生活しているすべての人々が、所得の多寡、居住地の如何に関わらず、人間的尊厳を守り、魂の自立を保ち、市民の基本的権利を充分に享受することができるような制度をつくり、維持するものでなければならない。


◆パックス・アメリカーナと新自由主義、市場原理主義

 第二次世界大戦後、パックス・ルッソ=アメリカーナ、一方ではロシアの力によるロシアのための平和、他方ではアメリカの力によるアメリカのための平和がお互いに厳しい緊張関係を形成しつつ、世界中いたるところで、自然、歴史、社会、文化、そして人間を破壊してきた。
 1945年8月、日本軍の無条件降伏とともに始まったパックス・アメリカーナの根幹には、新自由主義の政治経済的思想が存在する。新自由主義は、企業の自由が最大限に保証されるときにはじめて、一人一人の人間の能力が最大限に発揮され、さまざまな生産要素が効率的に利用できるという一種の信念に基づいて、そのためにすべての資源、生産要素を私有化し、すべてのものを市場を通じて取り引きするような制度をつくるという考え方である。
 水や大気、教育とか医療、また公共的交通機関といった分野については、新しく市場をつくって、自由市場と自由貿易を追求していく。社会的共通資本を根本から否定するものである。


◆国民の志をうち砕くな

 市場原理主義は、この新自由主義を極限にまで推し進めて、儲けるためには、法を犯さない限り、何をやってもいい。法律や制度を「改革」して、儲ける機会を拡げる。そして、パックス・アメリカーナを守るためには武力の行使も辞さない。水素爆弾を使うことすら考えてもいい。ベトナム戦争、イラク侵略に際して取られた考え方である。
 小泉政権の五年半ほどの間に、この市場原理主義が、「改革」の名の下に全面的に導入されて、日本は社会のほとんどすべての分野で格差が拡大し、殺伐とした、陰惨な国になってしまった。この危機的状況の下で、2009年9月歴史的な政権交代が実現した。
 しかし、国民の圧倒的な支持を得て発足した民主党政権は、大多数の国民の期待を無惨に裏切って、パックス・アメリカーナの走狗となって、卑屈なまでに米国の利益のために奉仕している。
 普天間基地問題に始まり、今回のTPP加入問題にいたる一連の政策決定が示す通りである。戦後60有余年に亘って、平和憲法を守り、経済的にも、社会的にも、安定した、ゆたかな国を造るために、大多数の国民が力を尽くしてきた、その志を無惨に打ち砕くだけでなく、東アジアの平和に恒久的な亀裂をもたらしかねない政策決定を行なおうとしている。心からの憤りを覚えるとともに、深い悲しみの思いを禁じ得ない。

下に続く


*雑感:今日午前中、キャンベル国務次官補が来日し、前原や樽床らと会談。外務省を訪れ、外務官僚や山口副大臣と会談。話題の中心は勿論、普天間、TPP、米国産牛肉の輸入規制緩和など。マスコミでは北朝鮮問題が議題の中心のように演出されているが。
アメリカにとって日本人に根付かせた反共思想は拉致という現実問題もありセンシティブな分、ある意味利用しやすい。韓国も同じ。
小泉政権以降、対米隷従が顕在化し、米国の対日戦略が効を奏した低強度戦争による占領体制も大部分において成功を収め、愚民化と共に日本国内に広く行き渡った。
しかし、行き過ぎた新自由主義、市場原理の綻びを浮かび上がらせ官僚支配による旧体制打破が民主党の存在意義だったが、政権交代後も旧体制を打破出来ないでいる民主党。
あろうことか、逆に次々と籠絡され、内部から国民都の約束をやぶるマニフェスト違反の形で消費税増税を謳い文句にした参議院選挙でわざとらしく大惨敗しわざわざ捻れを発生させた。
挙げ句に、節目節目のあとになって国際公約という謀略で国民との約束にない政策を海の向こう側で風呂敷を広げ、あたかも既定路線かのようにマスメディアは国際的な信頼を失うという脅しをかけながら報道し国民を誘導していった。
勿論、そうした情報操作は世界的な世論調査にも現れ、日本人は中国が超大国としてアメリカを抜くとは思わない率が未だに高い事も孫崎享氏によって分かった。(田中康夫のにっぽんサイコー出演時:http://threechords.blog134.fc2.com/blog-entry-1216.html
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あのアメリカ国民さえ、従米なイスラエルさえも2011年の調査では中国が抜くという数字が上回っていたにも関わらず、日本人だけが未だ中国を下に見ている。
TPPでグローバル化と叫ぶ輩にとってみれば自らの内部組織は閉鎖的で有るにも関わらず、そちらには目もくれず、外にだけ何か良いことが待ち受けているかのように装い、その国際社会から立ち遅れた己れの姿を顧みないまま、愚かしさを抱えて、日本をグローバリゼーションという名のアメリカナイゼーションで国を売り渡そうと躍起になり、その自己矛盾的な論理で欺く。
自己弁護のように外圧改革論を主張する者もいるが、その外圧改革論的なものこそ日本をパックス・アメリカーナの走狗に仕立てるためにアメリカの学者が言い始めたらしいことはあまり知られていない。
そもそも、平均関税率の低い日本を平成の開国などという如何わしいキャッチフレーズで騙そうとした官僚に乗っかった菅直人や垂れ流しマスメディア。
パックス・アメリカーナの惨めな走狗として公僕なる政治家がグローバル資本の手先なる政治屋に成り下がる。社会的共通資本を競争市場原理で切り刻む一部の利権集団の財界や官僚の子飼いである知識人風情の新自由主義論者。
政権交代の意義を失いかけた現在、ソーシャルメディアの台頭により浮き彫りになる連中と浅ましい政治劇場を描くオールドメディアの体たらく。
そのなかで舞台が用意されたように、離党者続出の内部崩壊間近な野田民主党と地域政党の活性化。
あの政権交代はなんだったのか、と誰もが諦めの極致に達しようとしている。思い返せば、野田を誕生させた鹿野にも怒りを覚えるが、それよりも西松事件を初めとする一連の自民党が仕掛けた検察による政治弾圧、裁判所も一体となって冤罪を作り出そうとする陸山会事件にはヘドが出る。鈴木宗男氏の事件も然り。
日本が民主主義国家では無いことが露骨に見えた小沢一郎議員に対する人権無視のメディアスクラムによる人格破壊という弾圧は法治国家を標榜するには北朝鮮や中国に失礼なくらいに彼らをバカに出来ないほど相通ずる非民主的暴力装置。
敗戦後の占領下で唯一温存された二つの仕組み、検察を含めた官僚組織と記者クラブという組織はアメリカペンタゴン直系の下部組織としてその役割を果たしてきたような数々の歴史的な振る舞い。

小沢一郎という政治家を恐れるアメリカの走狗たち。
弾劾すべきは明治以来の旧態依然とした官僚体制とマスコミ。許し難き彼らには吐唾。
そして今一度、政権交代の意義を思い起こし、09マニフェストへ立ち返らなければ。

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