Sekilala&Zowie

No one is free, even the birds are chained to the sky.


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【陸山会事件】検事総長「謙虚に受け止める」の「謙虚」とは/「どうせ検審が起訴するから、と先回りして起訴することはない」の検事総長の発言を10日以上前の記者レクで郷原弁護士すでに論破済み

検事総長「謙虚に受け止める」…陸山会調書却下
(2012年3月5日19時19分 読売新聞)http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120305-OYT1T01043.htm
「検察改革のゆくえ」について講演する笠間治雄検事総長=杉本昌大撮影
 笠間治雄検事総長(64)は5日、東京都内で講演し、小沢一郎民主党元代表(69)が政治資金規正法違反に問われた陸山会事件の公判で、検事作成の供述調書などに問題が指摘されている点について、「謙虚に受け止めないといけない」と述べた。
 東京地裁は先月17日、当時の東京地検特捜部検事の取り調べを違法と判断し、元秘書の供述調書の証拠申請を却下した。笠間検事総長は、「大阪地検の不祥事を受けて始めた改革を徹底することで、問題を解消できる」と話した。
 また、地検が不起訴にしても検察審査会の判断で強制起訴できる制度に触れ、「どうせ検審が起訴するから、と先回りして起訴することはない。検察と検審は別。検察のスタンスはきっちり保つ」と強調した。

「謙虚」の言葉の意味は辞書でこう書かれている。
【控え目で、つつましいこと。へりくだって、すなおに相手の意見などを受け入れること。また、そのさま。】http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/69398/m0u/
慎ましく、へりくだり、素直に相手の意見などを受け入れたうえで、笠間総長は「大阪地検の不祥事を受けて始めた改革を徹底することで解消できる」と自信を見せ、「どうせ検審が起訴するから、と先回りして起訴することはない。検察と検審は別。検察のスタンスはきっちり保つ」と弁解してみせたということなら、組織というものがそう言わせているのなら、それは元を断たないとダメだという結論に至ってしまうがそれでいいということなのだろうか。お先棒読売の記事タイトルそのまま受け止める人も少なかろうが、今の松下政経塾政権やスッカラ菅政権における相も変わらぬ無責任たらい回し人事や、原発事故後に一般国民の眼前に露呈した官僚の東大話法ならぬ言い訳のオンパレードなど、無責任体質による無秩序社会という、元々水面下にずっとあったものが経済成長で隠され覆われてきたが、しかし隠しきれず政権交代に至ったにも関わらず、現在、再び日本社会を巣食ってきた長年の病変が加速度的に進行しつつさらに悪化し深刻化しているようだ。
「どうせ検審が起訴するから、と先回りして起訴することはない」という笠間検事総長。しかし、2月20日に中継された郷原信郎弁護士の記者レクの中で、もう既にそのことについて郷原氏自身が笠間氏の発言を見越していたのか、検察(少なくとも田代検事とその上司である吉田副部長、そしてその上司である佐久間部長ら)は検審に提出することの目論見、あのような捜査報告書が作成されたというその意図を「理由は一つしかない」と推測されている。その一部を書き起こした。

今回のこの田代検事が作成した捜査報告書、取り調べ状況に関する捜査報告書というのは、通常の検察官の立証にはほとんど用いられないものです。

我々一般人にはなかなか分からないものだが、その理由を明確にこう述べている。

通常の検察官の立証においては供述の立証は当然供述調書によって行われます。その供述者、参考人、被疑者などが供述した内容は検察官が供述調書にまとめる。その内容を読んで聞かせて供述者が間違いないと言って署名をする。それによって、その供述調書が証拠能力を持った証拠になるというのが一般的なパターンです。

逆に言うと、布川事件や志布志事件など多くの冤罪事件の中でよく聞く話として、なぜ検察官が被疑者に対し、強引なまでに供述調書にサインを求めるのかということが分かる。裁判では検面調書(検察官面前調書)の任意性や特信性(特別に信用できる状況下)によって裁判官が容易に認定することにより、裁判官(特にヒラメと言われる上ばかり見ている裁判官にとっては)の検察追認判決が出るという想定のうえで、被疑者のサインが重要な一つの鍵になるということにもなるわけです。このようなことを踏まえたうえで、本気で「謙虚」に「反省」する気があるのなら、何もそれは村木事件だけに基づく話ではなく、布川事件などその他過去多くの冤罪事件にも起こってきたことを全て「謙虚」に「反省」すべき検察という組織としての根本的な問題であるといえるのではないだろうか。では、郷原氏の発言の続きを。

こういう捜査報告書に供述内容をまとめるというようなことを仮にやっても、これは当然、通常の公判では不同意にされる。不同意にされたら全くその証拠能力も何もないので、通常はこんなものはほとんど使いません。

検察のお先棒司法記者クラブのなかでも産経が3月2日に「公判廷に提出されることを想定した調書とは異なり、内部的な書面という位置づけ」と報じたそれは、だからその意味では間違っていない。
しかし次が核心部分です。3月5日に行われた講演での笠間検事総長の「どうせ検審が起訴するから、と先回りして起訴することはない。検察と検審は別。検察のスタンスはきっちり保つ」という発言に対し、郷原氏は既に2月20日に行われた記者レクで、こう言っていた。

何故、今回のケースについてこんな石川氏の供述内容について捜査報告書、供述状況についての捜査報告書などというものが作成されたのか。これはもう理由はただ一つだと思います。これは目的が公判での立証ではなくて、検察審査会で審査員となる、まさに素人さん達であれば、証拠能力のことなど分からないから、これも同じように証拠だというふうに考えて、石川氏の供述調書が、そしてその中で小沢氏に対して報告をし、了承を得たというような供述が信用できるものと考える、というように思って、この捜査報告書を作成したものだと思います。そのような意図でまさに検察審査会の審査員をだまくらかす目的でこのような捜査報告書が作成されたんだとすると、まずその作成自体は田代検事が個人的にやったものとはとうてい考えられません。田代検事にとってはそんな捜査報告書を作成することの意味が全くない。これは当然、上司からの指示だろうということが考えられます。

ということだ。何度も繰り返して恐縮だが重要なので押さえると、3月5日読売発の笠間検事総長「どうせ検審が起訴するから、と先回りして起訴することはない」は、郷原氏がそれより10日以上も前に、既に真っ向から論破していたということ。だから、時間軸からいくと郷原弁護士の発言に対して笠間検事総長が反論したという形になるわけだが、それが「謙虚に受け止め」なければいけない組織の長としての発言なのかという問題。だからあえて「謙虚」という言葉の意味が変わってしまったのかと目をこすりながら再三再四確認せねばならないほど、欺瞞に満ちた軽いものだと実感せざるを得ないのだ。
別の角度から見るとこれは今、無責任な上っ面だけの言葉だけが頭越しに乱れ飛ぶ政界、官界の風潮、惨状、それをただ発表するだけの8割方操作情報垂れ流しの大手新聞記者クラブメディアの重大な責任において蔓延する惨憺たる現況はある意味、言論界に対する挑戦、もしくは侮蔑でもある。もちろん言論人のなかには当然その怒りの矛先を政治家に向けているのだろうが、むしろ言論界軽視の病巣は官界にあるようだ。上記、検察問題に関すれば、強制力のある捜査権限や公訴権の独占という特権を持つ検察官僚や、ただ追認してきただけのヒラメ裁判官らいわゆる特権エリート官僚らに対してこそ、このような言論界軽視の怒りの矛先を向けるべく唾棄すべきじゃないだろうかと考えたりもする。この腐敗した政官財学報の癒着した既得利権構造を未だ強引に温存する形で、政権交代後そして原発事故後の社会環境の変化に追いつかず、そぐわない方向で言葉だけが踊り、国民を放置したまま一部のエリートが保身に走り、彼らにとってのみ安穏とした旧態依然の姿に引きずり戻そうと躍起になり国民と対峙している姿を目の当たりにしている、これこそが対米従属国家の末路とも言えなくもない。
そしてまさしく蔓延した政官財学報のカビのような腐敗臭によって感覚が麻痺するほど、今の日本社会全体がイカれてきたようでもあり、それを先導し煽動しているのがマスメディアなのだと感じるのだが、記者クラブメディアが凋落する一方で、岩上さんを始めとして津田さんや上杉さんらがネットメディア(マクロメディアやミドルメディア)を立ち上げるなど、ついには先日、キンキンこと愛川欽也さんらがパックインニュースというネット配信番組を立ち上げる記者発表が行われなどして、日本にも情報社会の大転換とともに一縷の光が見えてきていることもまた事実。
もう一度再確認したい。「謙虚」とは控えめで慎ましいこと。へりくだって素直に相手の意見などを受け入れること。またはそのさま、である。国民に与えられた特権(公訴権の独占など)はまさにその「謙虚」さが言行一致して初めて国民の間に成立しうるものではなかろうか。そして国民主権は日本国憲法の前文で保障されているものである。今一度、笠間検事総長以下検察、そして裁判官、特に最高裁、なかでも事務総局には「謙虚に受け止めて」もらわなければならないようだ。具体的には、まず70点の証拠をすべて開示すること。公訴棄却すること。そしてこの事件の全容を解明するべく独立調査機関を立ち上げ、それに権限を与え、徹底調査を行い、その全てを記者クラブメディアも含むあらゆるメディアを通して国民の前に全て開示すること。そして全ての関係者が責任を取ること、だと思う。それが「謙虚に受け止める」ことの意味だと理解する。

クリック頂けると大変うれしいですにほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へTwitterボタン&いつもありがとうございますにほんブログ村 政治・社会問題
2011.12.20よりツイッターまとめ部分は別のブログに移行しましたsekilalazowie twitter
大変そうなので勝手にご紹介⇒登録サイト20111227123951.jpg
関連記事

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://threechords.blog134.fc2.com/tb.php/1452-5780bd19
該当の記事は見つかりませんでした。
光熱費
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。