Sekilala&Zowie

No one is free, even the birds are chained to the sky.


120414日隅一雄氏バトルロワイヤル「原発とメディア」~岩上氏「検証報道が結局仕組みを変える事に繋がらなきゃ何の意味もない。それはただの情報オタクである。我々国民は情報の主権者。マスコミなんぞに知る権利を委託した覚えは金輪際ない」

120414日隅一雄氏バトルロワイヤル「原発とメディア」

*この討論形式(シリーズ)で元朝日編集委員の藤森研さんが対立軸を鮮明にする形で批判の矢面に立つサンドバッグの役割を自覚されているようだけど、藤森氏が大手記者クラブメディアを擁護する論に対して、岩上氏がどストライクな批判をされている。藤森氏一人が一手に引き受けるほど、矮小化できる話ではないことは一目瞭然。しかし、その場にちゃんと出てこられ、批判を受ける役を買われていることには他の看板に隠れた記者に比べたら敬意を表したい(岩上氏も同様趣旨発言あり)。

<重要個所(主観)と思われる部分のほんの一部分の要約>



岩上氏「3月12日の社説に日経は何を書いていたか。この震災が11日に起こったばっかり。そして12日に1号機の爆発が起こる。まだとにかく事態が進行中も進行中。これからどんなことになっていくか分からない、そういう時に何を書いていたか。大変な混乱、復興を目指そう。そのためにTPPをって言ってるんですよ」
(会場からええ?の声。)
岩上氏「この12日の時点で。朝刊で。もうTPP行こうぜ、GOという話。読売も論説が書いてあって、この原発、未曾有の震災、復興はTPPで、と書いている。藤森さんが言われるように報道の個々の現場現場に頑張っている記者がいらっしゃる。それからひとつひとつの記事はこの時点でこんなに切り込んだ記事にした、というのはひとつひとつ挙げていけばごもっともなこと。言いかえるとそれをやって当たり前の話。それを期待しているわけなので。ただ、その個々の記者、あるいはチーム、見出しをつけるクラスを超えて、社のバラバラの記事を世論を形成して、どっちの方向に持っていくかという最後のまとめの一言みたいなのが重要。
挙句の果てに一生懸命記者が積み上げたその先にTPPに行こうぜ、というふうに誘導する。これが日本の新聞の現状。(社説?論説?)記者がそういうことまで書く訳じゃないので、経営幹部のクビをみんなすっ飛ばすしかない。そういうようなことまで切り込んで論じていかないとなかなか話にならないんではないか。
TPPの問題は関係ないと思われるかもしれない。今日は原発の話を中心にというテーマ。でも報道批評、報道批判において、原発報道批判、原発報道批評というジャンルを固定化して作ってはいけないんじゃないかと思う。原発のことだけを論じそれ以外は関係ないとはならない。

原発震災が起こっているただなかに今がチャンスとばかりにTPPを入れ込んでくるという詐欺紛いのようなことを政府がやってくる。あるいは大メディアがやってくる。そうしたこともみていかなきゃいけない。
報道の構造があり、その報道の構造が内包している歪みのようなものがあり、たまたま原発震災というものに出会ったときに国民からおかしいぞと。これなんか変じゃないかと気付くようなシーンが現れたということ。気付くきっかけになったのであって、実はその構造は常に共通して他の物事を捉え、報じたときにも作動している。
なんとなく他のことは歪んでいないと受け取っているかもしれないことも共通のプリズムを通して伝えられていることをきちんと分析する必要がある。どういう思惑があって世論の操作が行われるのかということ。

NHK、この災害報道で圧倒的な影響力を持つのはテレビ。あの地震が起きた瞬間、多くの人がテレビをつけ、津波を見て、その翌日も原発のことを映像で知ろうと思った。その時の影響力というのは圧倒的にNHK。
そのNHKがとにかく落ち着いて下さいというコールを繰り返し、枝野さんをずっと登場させて『ただちに健康に影響がありません』というアナウンスを繰り返し繰り返し国民に伝えた。結果としては、実際には炉心溶融していた。メルトダウンしていたけれども、その事実を十分に国民に開示することなく、あげく福島の多くの人たちがむざむざ被ばくしてしまった。
記者会見で枝野さんに直接問いただした。そしたら『私は直ちに健康に影響がないと入ってません』と平気で言う。『直ちに変化がないと言ったのは原子炉の状態の事を言ったので、直ちに健康に影響がないとは一言も言ってない』と大ウソを記者会見で言う。国民のみんなが知っているのに。

こういうことも含めて、あの時あの人のあの言葉を使い続けたということは問題があったんじゃないかということは検証するべき。と同時に、ここが大事。NHKというのはいい番組も作る。原爆に関しても原発に関しても素晴らしい検証番組を作る。で、許しちゃう。国民はつい情に流されてNHKは良いところもあるから今度は信じようかなと。でも大事なのは検証番組も大事だけど、その瞬間、その瞬間のリアルタイムの報道が重要。死活的な判断を要求されるその情報がどのような形で流されるのかと。再稼働すると政府が言っているのだから次回もある。次回、同じ様なことが起こった時に我々はどこからどのような情報を得たらいいのか。NHKを頭から信用していいのかということを考えなきゃいけなくなる。そういう時に同じように政府の言っていることをただだらだら流すというメディアであるものを我々は信用していいのかと。後から立派な検証報道をして、それは非常に重要なことで喫緊の過去の歴史検証ということなら本当にNスぺというのは重要な番組を作っていると思うが、その時のリアルタイムで最も役立つ、我々にとって間違いのない判断を下すような、風上に逃げたらいいのか、風下に逃げたらいいのか、右に逃げたらいいのか、左に逃げたらいいのか、分かるような判断の基軸となるような情報を誰が提供してくれるのか。それは既存メディアなのか、オルタナティブメディアなのか」


*100ミリシーベルと以下では健康に影響があるかどうか分からないということが学問的に正しいという話が出た後の日隅さん発言。(重要)
日隅一雄氏「今、科学的に分からないというのが学問的には正しいと言ったそれは間違い。科学的には100ミリシーベルト以下でも健康に影響があるというのが科学的には正しい。今、少なくともどこに依拠するかだけども、批判されているICRPに仮に依拠するとしてもICRPの文献を全部読めば、実際に測っていくら浴びてどういう症状が発生しているかということを統計学的に出しているのと、それから理論的に癌の発生がこういうことで起きるという理論、それから生物学的な実験データ、治験調査に基づいてICRPは判断しているが、統計学的なデータ以外については科学的に因果関係があると。つまり低線量被ばくは癌を齎すんだということは恐らく現状では科学的には事実であるということは言っている。そのうえで統計的なものについてはデータ量が不足しているから、つまり色んな原因で癌が起きる要因があるからその中に隠れるから統計学的には分からないと言っているだけであり、本来は少なくともICRPに基づくのであればもう医学的には健康被害は100ミリシーベルト以下でも起きると言わなきゃいけない」


*この最後の締めに岩上さんが非常に胸打つ演説をされている。演説というと語弊があるが、素晴らしい指摘と我々国民が目指すべきところをズバッと指し示している。この最後の締めにふさわしい発言に感銘を受ける。揺さぶられるものがある。
岩上氏「ジョージ・ぺトラスという学者がいる。この人がインぺリスト、アンチ・インペリアリズムという概念を言っている。簡単に言うと反帝国主義の顔をした帝国主義者ということ。それはアメリカの権力構造を分析するなかで使っている。マスメディアはなくなってはまずい。でないと1984になるというふうにおっしゃったが、え?今1984の只中にいるんじゃないの僕ら、というふうに思っている。それはこのマスメディアの構造も含め、マスメディアがその権力の補完物となっていることも含め、ちょっとマスメディア自身が自分達が結果的にどのように権力行使をしているかということに関してもうちょっと国民に寄り添って考えてもらいたいというふうに思う。記者クラブというのがただの制度だったら、本当に親睦会のようなものだったらあってもなくてもいい。但し、なんで税金使って好きなように、我々国民が承認してないのに省庁に自由に出入りし、そこでまるで自分が出社しているかのように自分の机があってコピー機があって、各省庁の女子事務員がコピーから何から手伝ってもらいながら、なぜその他の人たちは入れないのか。これは完全なカルテル。情報のカルテル。その情報のカルテルの存在が権力によってまことに好都合であるということに目を向けながら、ある極論だけを持ち出して、じゃあなくなっていいのかとか。そんなこと言ってるのではなくて、親睦会として残せばいいじゃないかとか、そこの出入りを自由にすればいいじゃないかとか、透明度を高めたらいいとか。

そしてその記者クラブだけが一次情報を権力から貰う権利があって、尚且つ国民の知る権利が我々が代行しているなんていうとんでもない厚かましい事を言うのは止めていただけたらいい。私達は国民の知る権利をマスコミに委託した覚えは金輪際ない。一回もない。マスコミの社主、例えばナベツネさんみたいな人を我々は落選させられない。政治家は落選させることが出来てもナベツネを辞めさせることが出来ないわけで、官僚を辞めさせることも出来ない。官僚と巨大メディアは我々国民からまったく力が及ばない。そういうような巨大権力がふたつ手を握り合っているところで、いくら我々がいなくなったら1984になる、と。もう既になっているんだということをご理解いただきたい。それから検証報道は大事なことで素晴らしいことだけど、それが結局仕組みを変えることに繋がっていかなきゃ何にも意味がない。

もし、例えば読売の問題とか、(藤森さんが)検閲のことについて書かれていると。それなら原発とか核のことについて、トーマス・ファーレルという准将が戦後直後に何を言ったか。これは残留放射線は一切カウントされないんだ。それは人に影響を与えないんだと。1分以内の熱風と爆風と放射線だけが人を殺すのであって、それから以降の残留放射線は関係ないということを言って、それから朝日で鳩山一郎が、どれだけ核が非人道的なのかということについて文章を書いた。そしたら朝日新聞は2日間休刊にさせられた。発行停止にさせられた。圧力を食らった。それから以降ずっとプレスコードが敷かれている。

占領は終わった。でも終わってから以降も目に見えない占領が続いているんじゃないか。続いてるんじゃないかということを我々はこの原発の事故を通してもう感じ始めている。そこをどうかなと言って耳を塞いでいたら何の役にも立たない。過去の検証報道というのは今日の仕組みを変えるということに繋がっていかなければただの情報のオタクに終わってしまう。我々は情報のオタクに終わっているようなものを天下の朝日に求めているわけじゃない。

また、我々自身もそれではダメだと思っている。情報の主権者は誰かと言えば国民。だけど、国民自身がマスコミに報じられた、あるいは論じられた情報をただ唯々諾々受け取って、あくまで受け手のままでいるんだったらば、主権者の資格はない。我々は今ネットを通じて、SNSを通じて自己発信出来る。その市民メディアが今形成しつつある。我々自身が情報を受けて考えて編集して、そして発信するということ。そして時に行動するということ。街へ出るということ。デモをするということ。そういうことも全て含めて自分達が情報の主権者になろうとすること。マスコミなんぞに知る権利を委託した覚えは一切ないということを明確にするということ。それをはっきりさせなければ、今日、情報の民主化ということは出来ないし、我々国民が奪われた主権を取り返すことは出来ないだろうというふうに思う




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