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【陸山会事件】政治的事件の政治的控訴~田中良紹の「国会探検」by TheJournal

以下転載。政治的事件の政治的控訴
2012年5月 9日 田中良紹の「国会探検」by TheJournal http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2012/05/post_299.html

 小沢氏を巡る一連の事件はそもそも犯罪を摘発して有罪にする事が目的ではなく、小沢氏の政治力を削ぐ事が目的の政治的事件であると私は言い続けてきた
 従って検察が事件にならない事案を摘発するのも、不起訴にするしかなかったのも予想通りで、また検察が不起訴にしたものを検察審査会が強制起訴に持ち込み、無罪の判決に対して検察官役が控訴するのも不思議ではない。目的は高裁で有罪にすることではない。小沢氏の政治的復権を遅れさせるところにある。


    


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 従って一連の事件の主戦場は検察の捜査や裁判の場というより、国民に対する情報操作の場に置かれている。御用評論家を動員して「小沢は終った」と言わせ、メディアにガセネタを書かせて「小沢はクロ」の心象を国民に与え、民主主義に無知な国会議員に「政治的道義的責任」を追及させるのが一連の事件を仕掛けた側の狙いである。
 仕掛けた側は小沢一郎氏の政治力によって統治構造を変えられるのを恐れ、最高権力者になるのを阻止しようとした訳だが、その連中が攻め込んできているのは国民の意識である。国民が情報操作にマインドコントロールされるか、それともマインドコントロールを撥ねのける力があるのかがいま試されている。
 私がまだ若い頃、ロッキード事件を捜査する東京地検特捜部を担当する事になった。その時、先輩記者から「警察は悪い人間を捕まえるところだが、検察は悪い人間を捕まえるところではない。検察は政治的な組織である。国家の安寧秩序の障害になる人間を捕まえるところだ」と教えられた。「国家権力の敵」を捕まえるのが検察だと言うのである。
 確かにロッキード事件で本命と見られた政治家は政権の中枢にいて逮捕されず、三木政権の政敵であった田中角栄氏が権力の座に居なかったため逮捕された。2年後に起きたグラマン事件ではアメリカの軍用機売り込み工作で賄賂を受け取った政治家として岸信介、中曽根康弘、福田赳夫、松野頼三の名前をアメリカが明らかにしたが、検察は誰も逮捕しなかった。検察は確かに「政治的な組織」なのである。
 ところが「巨悪を捕まえる正義」として振舞ってきた検察の基盤が根底から揺らぐ日がやってきた。それが政権交代を前に摘発した「西松建設事件」と「郵便不正事件」である。「西松建設事件」の方は公判維持もままならないと見るや「陸山会事件」を摘発して捜査を拡大したが、それらの事件から検察が証拠改竄という犯罪を犯す組織である事が判明した。
 それはこの国の検察制度を根底から揺るがす深刻な問題である。ところが立法府もメディアもまるで鈍感で、それを民主主義の危機と捉えない。普通なら検察幹部を国会に証人喚問して国会が事実の究明に当らなければならないと思うがそういう動きがない。国会では相変わらず小沢氏の「政治的道義的責任」を云々するだけで検察幹部を証人喚問する話は全く出てこない。これが民主主義国家であるのだろうか。
 この事も一連の事件が政治的事件である事を物語っている。つまりこれまでの統治構造を変えられたくない勢力が与野党の国会議員の中にも根を張っているのである。従って問題は司法だけではなく政治的にも解決する必要がある。表面は「政治とカネ」の問題で刑事事件と思わされているが、本質は政権交代による統治構造の変革を阻止する勢力の仕掛けである事を国民は見抜かなければならない。これは事件ではなく国民主権に対する挑戦なのである。
 統治構造をどうするかを決める事が出来るのは主権者国民である。3年前の総選挙はまさに半世紀以上続いてきたわが国の統治構造を変えて欲しいという国民の願いが政権交代をもたらした。しかし統治構造を変えられたくない勢力が事件を画策し、政権交代が実現しても統治構造を変えられないようにした。それが自民党と何も変わらない民主党政権を生み出して国民の失望を買っている。
 国民の注目が地方首長に集まるのは民主党にも自民党にも期待が持てなくなったからである。同時にそれは3年前に期待をかけた統治構造の変革を成し遂げたい思いが国民にまだ残っている事を示している。検察が統治構造を守ろうとする勢力の手先となり、杜撰な捜査をした挙句、小沢復権を遅らすために次々と手を打っているのが小沢裁判だから、この裁判は誰が国民の願いを阻止しているのかを炙り出す役割を果たしている。
 それを国民は見極めて次の選挙では「国民の敵」を落選させ、ガセネタを書く新聞やテレビには不買運動で打撃を与え、今一度本物の政権交代を成し遂げる事を考えるべきである。毎度言ってきた事だが裁判の結果で問題は解決しない。この裁判の過程で見えてくるものを直視して「国民の敵」を見極める事が大事である。控訴が政局に大きな影響を与えるとも思わない。そもそも「連休明けから政局は波乱万丈」と言って来た訳だから、それが始まっただけの話である。

以上、転載終わり。何か、あの大善判決を事細かに分析し、あれは極めて真っ当な、「よく出来た」判決だったと、そして巷で「陳腐な陰謀論」がネット上で散見するだとか言われている、その当事者のひとりなのではないかと(笑)思いつつ、逆にそうした偏狭な視野で物事を見ることしかできず、矮小化しようとする人の話こそ、何かある意味で陰謀に加担する「陰謀論」なのではないかとすら思う。歴史的事実と、現時点で浮き彫りになった事実などを組み合わせ、最高裁事務総局が明らかにしない部分をどうしてもある見立てをたてないと辻褄が合わないから推論するのであって、細かいパズルのピースの一つ一つを繋ぎあわせながら足りないところを推測で補い、見立てていくことは今のところ仕方がないし、別にそれは当然のこと。もちろん、検察の見立てとは筋立てが違う。またそもそも検察権力なる巨大な強制権力が巨悪を眠らせないなどという放言でことの眞相を覆い隠してきたことは言うまでもないが、例えばこの陸山会事件で起きた数々の疑惑を追及しようとする国民はそもそも検察のような権力を持ち合わせていない。その点で筋立ての基本的観念がまるで違うものであり、検察組織や裁判所の組織のような官僚が上ばかりを気にするようなヒラメでもなんでもない一市民であり一国民が世に明らかになった事実を繋ぎあわせてさらに解明しようと国民の権利を行使しているうえでの推測であり「陰謀論」として一蹴されるような筋の話ではまるでない。
では逆に、陰謀という言葉に陳腐さを感じる「知的水準」の高い高尚な人間ならば、あの石川さんたちの登石判決をどう解説するのか、聞いてみたいものだ。あれとこれは別だと言うならば、西松事件裁判のほうで否定された「天の声」を勝手に認定し、推認の上に推認を重ねたあのトンデモ判決だが、別の裁判で否定されたもの、否定されるべきもの、破棄されるべきが別の登石裁判で認定されたりすることにおかしさを感じないのだろうか。一連の検察の妄想、ムリにムリを重ねた政治捜査、その連続性の中にこの陸山会事件があるのではないか。「よく出来た判決」ならなぜ指定弁護士が控訴する余地があったのかを説明してもらいたい。「看過しがたい事実誤認」なる疑念を抱かせた「よくできた判決」について。だから、そうではなく、きちんと一連の流れを踏まえるのならば、上記、田中良紹氏のような極めて真っ当な政治史観でこの陸山会事件を位置づけることができるわけだ。あの大善判決は全方向に良い顔をしただけの「優秀」な官僚が作った「よく出来た」判決なのだと今でも思っている。つまりそれは指定弁護士が控訴する余地を敢えて残していたとも言えなくもない。


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