Sekilala&Zowie

No one is free, even the birds are chained to the sky.


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【陸山会事件】石川議員の取り調べ「不適切」 担当検事、懲戒処分へby朝日新聞~読売正力はポダム。朝日緒方はポカポン。

石川議員の取り調べ「不適切」 担当検事、懲戒処分へ
朝日新聞デジタル 2012年5月21日8時8分 http://www.asahi.com/national/update/0521/TKY201205200477.html
 東京地検特捜部の田代政弘検事(45)=現・法務総合研究所教官=による石川知裕衆院議員の取り調べについて、検察当局は20日までに「不適切な取り調べだった」と断定した。捜査報告書に事実と異なる記載をしたことと合わせて懲戒処分が相当と判断。近く法務省と協議した上、内部調査の結果を公表する方針だ。
 田代検事は2010年1~2月、小沢一郎・民主党元代表の資金管理団体「陸山会」による土地取引をめぐり、政治資金規正法違反(虚偽記載)容疑で逮捕された石川議員の取り調べを担当。同年5月には、検察審査会が小沢氏を「起訴相当」と議決したのを受けた再捜査でも、保釈中の石川議員を調べた。
 同年5月の調べでは石川議員が「隠し録音」したため、(1)虚偽記載とは別の容疑で特捜部が再逮捕できる(2)小沢氏の関与を否定すると、検察審査会の判断により小沢氏が強制起訴される――などと田代検事が取り調べの中でほのめかしていたことが発覚。小沢氏と元秘書の公判ではそれぞれ、東京地裁から「虚偽供述に導く危険性の高い取り調べ」「威迫とも言うべき心理的圧迫と利益誘導」などと批判を受けた。



    


ブログランキング参加中⇒ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング・にほんブログ村へ
はあ?「不適切」?「懲戒処分」?やはり森ゆうこ議員がおっしゃった通り、まさに「泥棒が泥棒を審査しても何の意味もない」ことを証明した。例によって逆方向での朝日リークが来ましたよ。マスメディアが誘導醸成した偽造世論という風を起こしている間に(金環日食で一色になっている最中)コソッと出したつもりなのか分からないが。前田元検事の時の大スクープと銘打った、賞まで受賞した時との落差。あれは本当にスクープだったのかという検証も必要があるだろう。しかも重大性を比較しても全く不均衡な報道姿勢。これを「過少に」報道するということは逆に言えば、前田元検事の時の「大仰な」とりあげ方に恣意性を感じざるをえないということに。あの後の最高検の検証結果や、通常では成立し得ない「犯人隠避罪」での裁判の行方が何を意図しているのかということなどを郷原氏の意見などから推察すれば、前田元検事と最高検との間で事前にある程度の内々の合意があり、その後の展開も想定されていたのではないかという憶測も成り立つ。
今回も、小出しに「月内処分」を匂わせてきた検察リーク報道から、まずは朝日発信で「懲戒処分」という前田元検事とは雲泥の差で甘い対応を「近く法務省と協議した上、内部調査の結果を公表する」前にある程度の雰囲気作りを図っておくという相も変わらない印象操作報道を検察の手先となって再び、朝日が報じている格好。
それが何を示しているかといえば、言うまでもなく検察のお先棒を担ぐ司法記者クラブメディアが国民の知るべき情報を流す報道機関ではなく、検察という官僚権力組織に寄り添い阿る機関として、とてつもなく国民を愚弄する、民主主義国家を否定する、法治国家を軽視する極めて如何わしい「法の番人?」たる「検察当局」の対応を追認する報道であるという証拠であり、結局のところ検察もマスメディアも国民を舐めているということ。下記、記事は昨年10月下旬のころのもの。

朝日 新聞協会賞返上あるのか
(日刊ゲンダイ2011/10/27)(日々坦々様http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-4111.html
注目される「検察リーク」裁判の行方
今、ある裁判がヤマ場を迎えている。国会議員が、朝日新聞の「検察リーク記事」を訴えたのだ。
忘れている人もいるだろうが、村木厚子元局長が無罪を勝ち取った「郵便不正事件」で、最初に“犯罪者扱い”されたのは、民主党の牧義夫議員だった。
「郵便不正事件は、当初から、民主党議員に狙いを定めた“政権交代潰し”といわれていた。まず牧議員を狙ったが不発で、石井一議員に矛先を変え、それもうまくいかなかったので、厚労省の村木局長をスケープゴートに仕立てた。検察は事件を一定の方向に導くため、大マスコミにリーク情報をタレ流し、外堀を埋めていったのです」(民主党関係者)
村木氏の無罪を決定づけたのは、大阪地検の検事による証拠改ざんが明るみに出たこと。FD改ざんを暴いた朝日新聞のスクープ記事は昨年、新聞協会賞も受賞した。正義のペンの力を存分に発揮したという意味では、文句のつけようがないお手柄に見える。
しかし、その一方で、同じ郵便不正事件の報道について、朝日新聞が牧議員から訴えられていることは、あまり知られていない。
訴訟の対象になっているのは、09年4月14日の「支援者の競合団体批判 牧議員(民主)、国会質問、郵便割引悪用」に始まる一連の報道だ。いずれも1面でデカデカと報じられ、牧議員が、まるで不正な活動をしているかのような印象を与えた。牧議員側は「検察のリーク情報による事実無根の記事で名誉を毀損された」とし、朝日新聞に謝罪広告の掲載などを請求。その係争中の裁判が、11月末に結審予定なのだ。
朝日新聞側は「リーク情報だけで記事を書くことなどなく、多くの当事者にきちんと裏付け取材を行っています」(広報部)と言うが、裁判を傍聴した司法ジャーナリストはこうみる。
「裁判には、朝日新聞の3人の記者が証人として出廷。中には、前田恒彦元主任検事のFD改ざんのスクープ記事を担当した記者もいます。1人目の記者はブルブル震えて、見ていて気の毒なほどでしたね。記者たちは、情報源について匿名で『Aさん』とか『Bさん』とかぼかしていましたが、『(特捜部による取り調べの)供述内容を知る立場の人』とも言っており、証言を聞くと、大坪弘道元特捜部長、前田元主任検事あたりから情報を得て記事を書いたとしか思えない。当初は地検特捜部に乗っかって事件をつくっていたが、FD改ざん事件の方がより大きなネタになると判断し、最高検と“握った”という印象です」
こういうのを世間ではマッチポンプと呼ぶのである。
朝日新聞の報道に対して、どんな判決が下されるのか。新聞協会賞返上のような記事になるのか、他社の司法記者は注目している。

そして判決は下された。

朝日新聞に110万円の賠償命令 郵便制度悪用事件の報道
日刊スポーツ[ 2012年4月27日 19:04 ] http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/04/27/kiji/K20120427003135020.html
 障害者団体「白山会」をめぐる郵便制度悪用事件の報道で名誉を傷つけられたとして、民主党の牧義夫衆院議員(愛知4区)が朝日新聞社に1650万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は27日、110万円の支払いを命じた。
 三角比呂裁判長は、争われた3件の記事のうち、2009年4月19日付朝刊に掲載された記事の名誉毀損を認定した。
 低料金郵便制度を悪用した白山会のダイレクトメールが、埼玉県内の郵便局で一度発送を拒否されたにもかかわらず、牧議員の秘書が日本郵便関東支社を訪問した後、都内の郵便局で発送が認められたとする内容。
 朝日側は検察関係者らへの取材から真実と信じた相当の理由があると主張したが「取材源として適格性に問題があった可能性があり、裏付け取材も不十分」と判断した。
 朝日新聞社広報部は「主張の一部が認められず残念だ。控訴する」とのコメントを出した。

恥の上塗りと言いたいところだが、今、「プライド」とか「恥」などという観念すら連中は利用し世間を騙しにかかる。それ自体が社会の「健全性」という「幻想」を我々に抱かせてきた「最大の罪」かもしれない。彼らの個人的な胸のうちにはそんなものがあったのかもしれないが、「マスコミ」も「検察」も「組織」として機能するとき、社会環境に適応した社会性は一切、持ちあわせてもいないし、心に響きもしない。どちらの組織も閉鎖的であり、社会と断絶した、ある意味隔離された世界に住む組織の人間たち。「プライド」「恥」なるものそれすら捨てて?(あればの話)証拠を捏造し検審を利用して、国民の代表であるイチ議員を裁判にかけ世論を誘導し、犯罪を摘発するのではなく、犯罪を捏造し、他方では、「プライド」や「恥」「自尊心」的なものを利用して自らの責任を回避し軽減しようと誤魔化すことで生き残ろうとする。当然、検察だけでなく、マスコミもイチ権力。それが逆に上記、記事の最後の一行によく現れている。ご立派な権力監視。

朝日新聞:問い合わせフォーム→https://se01.asahi.com/reference/form.html
【東京本社お客様オフィス】ご意見:03-5540-7615 お問い合わせ:03-5540-7616
(受付:平日9~21時 土曜は18時まで)
【大阪本社】06-6201-8016(受付:平日9~21時 土曜は18時まで)
【西部本社】ご意見:092-477-6010 お問い合わせ:092-477-6370
(受付:平日9~21時 土曜は18時まで)
【名古屋本社】ご意見:052-221-0337 お問い合わせ:052-221-0347
(受付:平日9~21時 土曜は18時まで)
【北海道支社】ご意見:011-222-5044 お問い合わせ:011-222-5045
(受付:平日9~21時 土曜は18時まで)


読売=正力の実態はよく知られているが、朝日新聞は船橋洋一元主筆がCIAインフォーマントであることは知られても、戦前戦後辺りはいまいちフォーカスされてないような気がする。しかし、こちらが参考になる。歴史的流れが短く要約されていて分かりやすい記事。→【朝日新聞の戦前史は、社主村山家と主筆緒方竹虎の相克の歴史】http://www.kodai-bunmei.net/bbs/bbs.php?i=200&c=400&m=207346

朝日新聞は反資本・反権力を標榜する巨大独占メディア(しかも村山家という大資本家の集中資本構造を内包)という構造的な矛盾を孕んでいる。この構造的欠陥ゆえに内紛は絶えず、それ故に、常に内部に凡庸な権力を生み出してしまう。戦前の村山家と緒方竹虎の相克は、その典型である。
今西光男著 『新聞 資本と経営の昭和史』 朝日選書 について書評されたブログから要点を転載する。
リンク 
リンク 
************************************
▼     大阪系「小新聞」として出発した朝日新聞。 関東大震災以後、大阪朝日の子会社、東京朝日新聞は、毎日新聞(=東京日日新聞)とともに、東京系新聞の窮状を尻目に、大資本を武器として飛躍的な発展をとげることになる。 東京系で全国紙として生き残ったのは、わずかに正力松太郎が買収した読売新聞だけであった。 だが、毎日新聞とならんで最強のメディアに成長していた朝日新聞は、1918年の「白虹事件」以降、「皇室ダブー」「暴力」に弱いことをさらけだしていた。 これら皇室と右翼の圧力に対峙するため、スローガン「不偏不党」を打ち出したことで、かえって戦時下になると、政府への「戦争協力」が断れなくなってしまったという。 
▼     「白虹事件」により権力から加えられた大打撃。 東西の朝日新聞をあわせると、部数は100万をこえていた。 もはや、名物主筆記者(池辺三山・鳥居素川)の論説を読ませるだけではすまない。 専門記者集団を統括するとともに、読者100万のニーズに応える経営センスをもった、論説と経営に精通した新聞人が必要となってくる。 ここに、「経営の論理」を体現する社長と、「言論の自由」を体現する論説委員の中にあって、前者の枠組の中で後者を保障し指導する体制=「筆政」なる仕事がクローズアップされてくる。 その任にあたったのが「主筆」。緒方竹虎は、前門の軍・右翼、後門の社主家村山一族(=資本)の圧力をうけながら、1923年から20年間、東京朝日を振り出しとして、やがて全朝日の経営を掌握し、両者に立ち向かうことになる。
▼     1920年代、「軍縮」「普選」推進の大論陣を張った、大阪朝日新聞社。 大阪朝日は、「反権力」「反中央」がバックボーンだった。 そのため、権力から離れた地点から「正論」を語ることを旨としていた、という。 それに対して、「大正」の元号をスクープしたことで知られる緒方竹虎や東京朝日は、権力の中枢への綿密な取材体制を組み情報を入手しながら、軍・右翼の圧力から身を守ろうとした。 そのため、陸軍中央と密接な連絡があり、軍にシンパシーを持つものもいたという。 
▼     緒方の理想は、じっくりと取材対象との対人関係を積み上げる、解説記事を中心とした、硬派な新聞づくり。 ところが、営業やセンセーショナリズムを売る社会部方面からは、評判が悪かったらしい。 「売れるネタがあるのになぜ書かない?」と。 今の新聞ジャーナリズムにもいえる、自由主義的な傾向の後退と、官僚的統制主義の蔓延。 官界に深いつながりをもつエース的な論説委員さえ、逼塞する空気もあってつぎつぎと退社。
▼     新聞の限界を感じた緒方は、広田・米内のラインから政府に発言の場を確保することで、戦争を防ごうとした。緒方竹虎は、「権力と資本の調整役」の位置に立つことによって、社主家を上回る力を握ることができた。
********************************
その後、緒方は朝日を追われるが、その三男、四十郎は日銀理事やチェース・マンハッタン銀行の国際諮問委員を務めたデビッドロックフェラー派。その嫁の緒方貞子もまた三極委員会の委員を務めた。
現在の朝日の主筆、船橋洋一も三極委員会の委員を務めるが、朝日は一貫して、デビッドロックフェラー派に首根っこを押えられている可能性が高い。
読売の正力ほどではないが、朝日の金貸し支配の歴史の鍵を握っているのは緒方竹虎ではないか。

記者から政界に進出した話は、

政界進出と戦後政界への復帰 [編集]
朝日新聞社退社後、小磯内閣に国務大臣兼情報局総裁として入閣した緒方は、一方で「言論暢達」政策を採り、他方で編集責任者に対して新聞社に許される自主性の大枠に関する内面指導を行った。このような緒方の新聞指導は、情報局総裁たる緒方が戦局に関する十分な情報を入手していることを必要としたが、実際には陸軍の非協力などにより叶わなかった。情報政策の担い手たる情報局が、何ら自前の情報収集源を持てなかったことは致命的だった。また緒方は、蒋介石の重慶国民政府を相手とする和平工作、繆斌工作を小磯國昭総理大臣とともに推進したが、重光葵外務大臣、杉山元陸軍大臣、米内光政海軍大臣、さらに昭和天皇の反対に遭い失敗、内閣総辞職となった。その後も終戦を挟んで1945年5月鈴木貫太郎内閣顧問、同年8月東久邇宮内閣国務大臣兼内閣書記官長兼情報局総裁に就任した。敗戦処理の東久邇宮内閣は、緒方が内閣書記官長と内閣の大番頭を務め、文部大臣に元朝日新聞社論説委員前田多門、総理大臣秘書官に朝日新聞社論説委員太田照彦、緒方の秘書官に朝日新聞記者中村正吾、内閣参与に元朝日新聞記者田村真作と、「朝日内閣」の観を呈した[8]。同年10月に内閣総辞職後、緒方は12月にA級戦犯容疑者指名、1946年8月に公職追放、1947年9月戦犯容疑解除、1951年8月に追放解除となっている。A級戦犯容疑者指名がなければ、敗戦で社内の緒方派と反緒方派の対立が再燃して自らも調停に乗り出し、村山長挙社長が辞任していた朝日新聞社の社長に就任するはずであった[9]。
追放解除の翌年にあたる1952年10月、第25回衆議院議員総選挙で福岡1区(当時)から出馬し、中野正剛の地盤を引き継いだうえに地元財界の支持を得て当選する。第4次吉田内閣で当選1回ながら、国務大臣兼内閣官房長官、さらに副総理に任命され、翌1953年5月成立の第5次吉田内閣でも副総理に就任した。この政界での急速な階梯昇段の要因には、吉田茂の政治指南役だった古島一雄の紹介や、吉田が重光葵の後任として東久邇宮内閣外務大臣に就任したのが、近衛文麿と緒方の推薦によるものだったことなどが挙げられる。
なお、緒方は政界復帰前の1952年4月、吉田茂、村井順とともに、アメリカのCIA、イギリスのMI5、MI6などを参考にして、内閣総理大臣官房に「調査室」という小さな情報機関を設立した[10]。これが現在の内閣情報調査室の源流である。緒方は、これとは別に強力な情報機関、いわゆる日本版CIAを新設する構想を持っており、吉田内閣入閣でこの構想は一挙に表舞台に登場したが、国会や外務省、世論の激しい批判を浴び、第5次吉田内閣の下で内調の拡充・強化を図るにとどまった。しかし、このときの緒方の動きを、アメリカCIAは高く評価した[11]。

そして、(再掲):緒方竹虎~CIAの緒方政権擁立工作Wikipedia

アメリカ国立公文書館におけるCIA文書の公開により、CIAが緒方政権擁立のために積極的な工作を行っていたことが明らかになっている[11]。
一橋大学名誉教授加藤哲郎、同山本武利、立教大学兼任講師吉田則昭らによると、日本版CIA構想で緒方を高く評価したアメリカCIAは1955年、鳩山総理大臣がソ連との国交回復に意欲的なうえ、ソ連が左右両派社会党の統一を後押ししていると見て、日本の保守勢力の統合を急務と考え、鳩山の後継総理大臣候補に緒方を期待。緒方に「POCAPON(ポカポン)」の暗号名を付け、緒方の地方遊説にCIA工作員が同行するなど、政治工作を本格化させた。同年10~12月にはほぼ毎週接触する「オペレーション・ポカポン」(緒方作戦)を実行し、「反ソ・反鳩山」の旗頭として総理大臣の座に押し上げようとした。
緒方は情報源としても信頼され、提供された日本政府・政界の情報は、アレン・ダレスCIA長官に直接報告された。緒方も1955年2月の衆院選直前、ダレスに選挙情勢について「心配しないでほしい」と伝えるよう要請。翌日、CIA担当者に「総理大臣になったら、1年後に保守絶対多数の土台を作る。必要なら選挙法改正も行う」と語っていた。だが、自由民主党は4人の総裁代行委員制で発足し、緒方は総裁公選を前に急死。CIAは「日本及び米国政府の双方にとって実に不運だ」と報告した。ダレスが遺族に弔電を打った記録もある。結局、鳩山が初代自由民主党総裁に就任。CIAは緒方の後の政治工作対象を、賀屋興宣や岸信介に切り替えていく。


現在の朝日主筆は若宮啓文。1970年東大法学部卒業。(Wikipedia)(東大公共政策大学院)関係ないかもしれないが一応、最高裁判官の中に70年法学部卒業が2人ほどいる。大谷剛彦http://www.courts.go.jp/saikosai/about/saibankan/ootani/index.htmlと千葉勝美http://www.courts.go.jp/saikosai/about/saibankan/chiba/index.html
若宮氏は東大在学中、3年の時に東大安田講堂事件に遭遇、自分はノンポリだったと言っているらしい。
実際どうでもいいが、そんな朝日新聞なんかを吹き飛ばす、こちらを是非読んでいただきたい。
ご紹介⇒5月20日 「架空会議」だからどうにでもなる審査会議開催日!新聞報道と検審事務局呈示の開催日はこうも違う!|一市民が斬る!! [Civil Opinions Blog] http://civilopinions.main.jp/2012/05/521.html

クリック頂けると大変うれしいですにほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へTwitterボタン&いつもありがとうございますにほんブログ村 政治・社会問題
2011.12.20よりツイッターまとめ部分は別のブログに移行しましたsekilalazowie twitter
大変そうなので勝手にご紹介⇒登録サイト20111227123951.jpg
関連記事

ブログランキング参加中⇒ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング・にほんブログ村へ


Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://threechords.blog134.fc2.com/tb.php/1561-4b7397db
まとめtyaiました【【陸山会事件】石川議員の取り調べ「不適切」 担当検事、懲戒処分へby朝日新聞~読売正力はポダム。朝日緒方はポカポン。】
石川議員の取り調べ「不適切」 担当検事、懲戒処分へ朝日新聞デジタル 2012年5月21日8時8分 http://www.asahi.com/national/update/0521/TKY201205200477.html 東京地
該当の記事は見つかりませんでした。
光熱費
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。