Sekilala&Zowie

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【日米、米中関係】米中結託と日本の右傾化と官僚の御用聞き・米国のご機嫌取り新聞メディア

チャイメリカ―米中結託と日本の進路リベラル21というサイトに「2012.06.10 中国に急所を握られたアメリカ」というタイトルで掲載されていた「書評 矢吹晋著『チャイメリカ―米中結託と日本の進路』(花伝社)」を、ちきゅう座のサイトで拝読したが、これもぜひ読んでいただきたい内容である。
前回、紹介したブログに転載させていただいた記事を書かれた矢吹氏(岡田充氏の著書「尖閣諸島問題―領土ナショナリズムの魔力」の書評を書かれたもの)が出版された著書「チャイメリカ―米中結託と日本の進路」の書評を、別の方が書かれたもの。→pdf
サブタイトルの通り、米中結託と日本の進路がまさに的を得ている。



    


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2012.06.10 中国に急所を握られたアメリカ
書評 矢吹晋著『チャイメリカ―米中結託と日本の進路』(花伝社)
         
半澤健市 (元金融機関勤務)

「チャイメリカChimerica」とは「チャイナ+アメリカ」のことである。
ふざけた印象を与える単語だ。しかし実態はふざけたものではない。それを明快に説くのが本書である。

《経済史家の著作に語源》
この言葉の初出は、経済史家ニール・ファーガソンの"The Ascent of Money : A Financial History of the World", 2008年(邦訳『マネーの進化史』、早川書房)だという。中国研究者の矢吹晋(やぶき・すすむ、1938~)は、この単語を借りながら、米中関係に関する分析を進める。
「チャイメリカ」の内容は何か。
それは文字通り「米中関係」または「米中結託」である。世界の二大国が今や離れがたく結ばれてしまった。それは世界の人々に好ましからざる結合体となって進化しつつある。これが著者の結論である。我々は米中関係が緊密化していることを「漠然と」知っている。なかには私は「明確に」知っているという人もいよう。しかし事態は想定を遙かに超えていた。「御用とお急ぎの多い」本ブログ読者のために「チャイメリカ」を定義している本書の一節を掲げる。

《チャイメリカ構造の核心》
▼このようにして成立した直接対話の枠組みをもつ今日の米中関係を、私は仮に「チャイメリカ(体制)」と呼ぶことにしたい。このチャイメリカは、かつての米ソ冷戦体制と似て非なるものである。すなわち米ソ冷戦体制下では、米ソが二つの陣営に分かれて対峙し、陣営間の貿易等経済関係は、極度に制約を受けていた。しかし、今日のグローバル経済下のチャイメリカ構造においては、米中貿易はきわめて活発であるばかりでなく、低賃金と安い人民元レート用いて、いわば飢餓輸出にも似た政策によって大量に貯め込んだ米ドルの過半部分が米国債等の買いつけに当てられている。こうして米中関係は、一方ではかつての米ソ関係のように軍事的対立を含みながら、他方経済では、「過剰消費の米国経済」を「過剰貯蓄の中国経済」が支える相互補完関係がこれまでになく深まっている。これがチャイメリカ構造の核心である。(本書13~14頁)▲

《想定外の大変化》
文頭の「このようにして成立した」の部分の細部は本書にゆずる。
そこに詳述されるのは、米中関係の外交、経済、政治、軍事の各分野における大変化である。とくに中国における「官僚資本主義」の成立、経済格差の拡大、民主主義の抑圧、軍事大国化の傾向の記述が詳しい。また両国の資料を駆使して書かれた、2009~11年の期間における、米中対話の内容もすごい。
たとえば、10年に国防総省が米議会に提出した「中国に関する軍事・安全保障年次報告書」には、中国の軍事力を「国際公共財」と評価しているという。著者はこう書いている。「私は米中関係再構築のスピードに驚いたのだが、もっと驚いたのは、このペンタゴン報告が日本で読まれていない事実だ。この個所に注目した専門家のコメントや、マスコミの論評が、(管見の限りだが)皆無と感じられた」。さらに「ペンタゴンと解放軍の野合」、「いまや沖縄からの米軍撤退さえも、想定内のはずだ」という。

《日米・日中関係は》
されば「チャイメリカ」時代の日米関係、日中関係の変化を著者はどう見ているのか。
それは「日米同盟」関係の空洞化の進行である。しかし日本は事実の変化を認めようとせず相変わらず冷戦終結前のイデオロギーに支配されている。「日本」とは政府、政治家、メディア、一般国民の総体である。日米同盟を「公共財」視する論者までいる。だがそれは虚妄だというのである。しかし最近の中国の軍備増強、とくに海軍力の強化を危惧する必要はないのか。尖閣諸島をめぐる日中対立をどう見るか。対中強硬論は大手メディアから都知事まで概ね一致している。
しかしこのケースでも著者は冷静である。南シナ海に点在する南沙諸島、中沙諸島、西沙諸島のうち46島に関して、中国、フィリピン、ベトナム、マレーシア、台湾、ブルネイによる実効支配および紛争の現実を紹介する。これら諸国の対立抗争は複雑である。「尖閣諸島は日本の固有領土」といって済むような単純な問題ではない。冷徹なリアリズムを基本とした外交で解決する外はないのだという。これが著者の視点である。現に、この書評を書いてる6月上旬に、パネッタ米国防長官は、最近の中国とフィリピンの個別対立に不干渉の立場を取ったのを私は知った。

《日本の立ち位置》 
そこで日本の立ち位置はどうあるべきか。
日米関係では「日米同盟」幻想からの脱却。日中関係では「鳥なき里のコウモリ」のような官僚による日中関係観からの脱却。要約すれば日本外交の自立である。日中について著者は田中角栄と大平正芳の国交正常化を高く評価する。しかし2人が亡い現在、外務官僚が歴史を改竄し、日中外交を歪める原因になったと実名―コウモリとはこれらの人々―を挙げて批判している。その筆は、話題の服部龍二著『日中国交正常化』(中公新書)に及ぶ。正常化交渉時の田中による「ご迷惑」発言の経緯を取り上げ、服部の取材が一面的で資料批判に欠けると突いている。

《四つの感想》 
本書への感想は次の四つである。
①社会主義の悲惨な帰結
20世紀前半には多くの人々の理想であった「社会主義」がどのように帰結したか。
ソ連は崩壊し、中国は官僚「資本主義」に変貌している。GDPは伸びるが格差は拡大している。資本主義への屈服だ。マルクス、レーニンの理想から、ウェーバー、オーウェルの現実へというべきであろうか。
②資本主義の大きな失敗
だからといって資本主義が成功したことにはならぬ。このシステムも、市場原理主義の失敗、金融資本の暴走、深刻な国家財政危機、という出口のない段階に逢着している。第3の道―たとえば英国労働党―も徹底を欠いて終わった。
③「チャイメリカ」は現実の表現
「チャイメリカ」は上記①②のグロテスクな帰結である。著者が「序にかえて」の末尾に次のように書いたのはペシミズムの言語である。「現存のチャイメリカ構造とは、相互に所得不平等を競う体制である。これが二一世紀初頭の現実である。二〇世紀初頭には、人類進歩への希望が存在した。二一世紀初頭の今日、失望・絶望という世紀末状況が継続し、再生への光はまだ見えない」。
④孫文の言葉を米中に
1925年に「革命未だ成らず」と言って死んだ孫文はその前年、神戸で演説して「日本は西洋の覇道の番犬となるのか、東洋の王道の干城となるのか、あなたがた日本国民がよく考え、慎重に選ぶことにかかっている」と述べたと伝えられる。二大覇権国にそっくりこの言葉を返したい。

本書を読んで私は、日中関係は米中関係に従属する函数であることがよく分かった。米中関係の実態を知るためには必読の一冊である。

■矢吹晋著『チャイメリカ―米中結託と日本の進路』、花伝社、2012年5月刊、2200円+税
チャイメリカ―米中結託と日本の進路チャイメリカ―米中結託と日本の進路
(2012/05)
矢吹 晋

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上記、書評に加えて、加藤氏がちきゅう座で「ジャパメリカからチャイメリカへ?」というタイトルで評論されている。その加藤氏は孫崎氏の「戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)」についてネット上で知る限り、p134~辺りからの「日本人のアメリカ研究者」について書かれたところを「慧眼」と評しながらも、他方、講演などでは「外交史だけでは語れない」「追随vs自主」の単純図式に陥ってしまう」「佐藤内閣は自主派か?」「吉田茂の評価も違和感がある」と批判もしているようだ。
まず、孫崎氏が「戦後史の正体」を書かれた動機とテーマ、狙いについて序章で“「米国からの圧力」を軸に、日本の戦後史を読み解いた”という狙いがあって書かれたという点、「そういう本はこれまでになかったので」としている。さらに、自主か追随かは1か100ではなく、冒頭に「米国の対日政策は、世界の変化によって変わる」ので、1945年9月2日に降伏文書に署名した日以降、現在に至るまでの日本は、米国の対日政策によって対応を迫られてきた、ともいえるわけだ。だから孫崎氏は「戦後の最初の日から、日本は「対米追随」と「自主」のあいだで重大な選択を突きつけられた」と書かれているし、「多くの政治家が「対米追随」と「自主」とのあいだで苦悩し、ときに「自主」路線を選択しました」とちゃんと書いている。「はじめに」と「序章」をちゃんと読んでいれば、出版依頼があり、何を軸にして書いたかということが分かるようになっている。もう一つは、対米追随か自主か、の判断は0か100かではないという点だが、「ときに」自主を選択し、「ときに」対米追随を選択し、という「苦悩」が常に日本の時の政権、あるいは政治家にある、ということ。米国のCIAの資金提供などによって結党された対米追従基本路線の自民党のなかにおいてでも、ということになる。これは、隠匿物資捜査部として発足した東京地検特捜部を中心とする検察組織が政治案件において、どのように作用してきたか、ということも考察すれば、自民党内部においても、そこが分かれるというのは分かること。
また、孫崎さんの考え方の一端を自分なりに読み解くひとつのカギになると思うのが、田中康夫氏の「にっぽんサイコー!」に出演されたときの「紛争解決への道」にて、基本的な考え方として紹介した「ラムズボサムの現代世界の紛争解決学」を用いて説いた「ゼロサムとウィンウィン」のような思考で、それと同じような手法で比較、考察した場合、この政治家は対米自主路線のほうに重点を置いていたか、その逆か、その時々の世界情勢(特に米国の世界戦略)に照らし「米国の対日政策」がどうであったか、その時の日本の情勢はどうだったかなどを総合的に判断し、「どちらかと言えば」ということで「大きく」分けて書かれているのであって、別に「他の要因」を排除してるわけではなく、「考慮してない」とか「疑問が残る」とか「違和感がある」とかいう批判はそもそも当たらないのでないかと思う。また、そうした加藤氏の孫崎批判を妥当だとする記事も拝読したが、その人の書かれた小沢一郎評こそ偏見と先入観に満ちた歪曲した視点でものごとを考察していることがわかるように、「ある気づき」を想起させると同時に、これもまた「戦後史の正体」を見た気がした。
矢吹氏と孫崎氏には共通点も多い。お二人とも米中の緊密な経済的つながりは指摘しているので、尖閣の問題にしても、日米、日中、米中の関係をどう考察しているのかについても共通認識があるのではないか、という点で全く「違和感」はない。「米中結託」という認識がないままに日米同盟の深化をよりどころにしている偽装自主派は、結局のところ米国側に利することになるうえ、日本は「駒」であることの理解に至らないのだろう。日本の国際的地位が損なわれるだけでなく、属国として日本国民の財産を上納し、免罪符を受けるのはごく一部(1%)の既得権の人たちだけであって、決して一般国民ではないのだから、日本の右傾化による(中国国内にも同じことが言えるが)日中対立が双方に利益をもたらさない(特に日本)ことは官僚の御用聞き・米国のご機嫌取り新聞メディア(NHKなど)が言わずとも押さえておくべき基本だろう。



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