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【脱被曝・原発即時撤退・反TPP】20130724朝日新聞記者による山本太郎氏インタビュー全文起こし<前半>

2013-08-01 15 59 3770
【聞き手・土佐茂生】という記者。朝日新聞採用.comのページに登場してます→「ぷっ、あほやな~を求めて。」土佐 茂生 (とさ しげき)ヨーロッパ総局 (ロンドン)国際報道部 1999年入社

(参院の注目新人)切り捨て、何なんだ 山本太郎氏



一時間半弱の単独インタビュー、記事があまりにもショート過ぎて、もったいない。ということで、太郎氏が初登院する前に必読!ということで全文を起こしたので、前後半に分けて、読んでいただきたい。



    


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20130724朝日新聞土佐茂生記者による山本太郎氏インタビュー全文起こし<前半>

<1>


土佐茂生朝日新聞記者「僕にとっては山本太郎くんというのはメロリンQの」

山本太郎氏「おお、デビューの」

土佐「非常に強かったんですが、エネルギッシュで思ったままをぶつけるような、そういう演出のイメージがすごい強くて、それをテレビで見ていたんですけど、それを今、今度、参議院議員の山本太郎として、ここに座ってインタビューさせてもらうんですけども、当時の自分と今とを振り返って、どういう思いでいらっしゃるのかなという」

山本太郎氏「そうですね。なんか気持ちのままに、という意味では、デビュー当時と今が近いのかもしれないです。要は、素人でしたから。怖いものがないというか、思ったことをやる。やりたいことをやる。表現したいことをやるというスタンスってことですよね。

でもそれがだんだんと目の前に入って、それが職業になって、色々ルールを覚えて、そのなかで大人の世界というか、そういうことを知るわけですね。16歳の時かな。

そこからプロの意識が芽生えだして、ということになってくんですけど、どこか、こう、ルーティンワークじゃないけど、そういう部分も生まれてくるわけでよね。慣れであったりとか、当然のように。

で、こういう場合はこうしたほうがいいだろうとかというものがあるわけじゃないですか。最低限。社会の中では。そういうところに乗っかってたというか、今から思うとちょっと表現者としては退屈なところに入ろうとしていたのかな。

でも、それは良いことでもあるし、悪いことでもあるし、両面あるとおもうんですけど」

土佐「良いことというのは?」

山本太郎氏「良いことっていうのは、そういうものを受け入れて、自分自身のなかで積み上げていくことっていうのはあるし、でも、あくまでも自由な表現というものを求めていかなきゃいけない。挑戦し続けなきゃいけないという根本を考えると、それが邪魔する部分もあるのかなというのもありますよね」

土佐「俳優業というのはいわゆる発信というか、表現というか、そういうふうに自分のなかでは捉えていらっしゃるんですか?」

山本太郎氏「そうですね。でも、すごく自由度が少ない職業だなと思います。まず自分で監督したりとか、ということをしない限りは、もう受け身な仕事なんですよね。でも、そのなかでも、オーディションを積極的に受けたりだとかということはずっとやってたんですね。要は、21年間、22年間」

土佐「それをされていたんですか?」

山本太郎氏「そうですね。22年間。その中でも19年、20年、21年と重ねていってるときもオーディションをぜんぜん受けに行って、という。その程度なのかもしれないですね。自分からアクションを起こせる。もしくは自分で本を書いて、(メガホンを)取るとかっていうことにならない限りは、待ちの仕事なんですよね。受け身。

で、映画を作りたいというか、それを作品化して、監督がいて、台本があって、その設計図みたいなものを管理しながらやっていくプロデューサーみたいな人がいて。だから、その人たちのやりたい方向性というものを、この役の中で実現していきながら、自分の与えられた隙間のなかで自由に表現をする。

それがやりすぎているときには、また戻して、という。一番、自分自身がやりたい表現というよりも、その作品に求められているものだったりとか、監督、プロデューサーだったりとかっていうところとすりあわせていきながら、そのなかで表現できるとなってくると、結構自由度は少ないですよね」

土佐「なるほど。それで3.11がたぶん一つの大きな転機と言っていいんでしょうか?」

山本太郎氏「まあ、職業としてというよりも、ひとりの人間として大きな転機になったかもしれないですね。転機というか、今までは仕事と趣味と、ということでもう」

土佐「サーフィンはどのぐらい行ってたんですか?」

山本太郎氏「僕、30超えてから波乗りを始めたんですけど、行ける時は週5日とか。だから、仕事が入ってくるじゃないですか。仕事のオファーがあったときに、まず、週に何日拘束されるかということを確認しながら仕事をしてました。あと、季節を考えて。『秋に連ドラの仕事が来たかぁ』みたいな。『週4日から5日拘束って言ってる。だったら週2日の拘束でいい。役をもうちょっと削って、もうちょっとポイントで出るような形にできないか』というような交渉を。なんかふざけてますよね。まあ、それは台風シーズンのことなんですけど」

土佐「なるほど」

山本太郎氏「というようなことでやってたんですね。だから、彼(密着カメラマン)と知り合ったのも千葉ですし、それから彼(同伴者)は静岡の人なんですけど、まあ、うねりが入ってきた時に『いまどうだ?』みたいな話になって、その千葉で知り合ったあとに、静岡に行って、家に4日間ぐらい泊まらせてもらったりとかという感じですよね」

土佐「なるほど」

山本太郎氏「ということをやってたんですけど、でもやっぱり、一番、震災が起こって、原発が爆発して、ものの見方が徐々に変わってきますよね。自分のなかに湧き上がった怒りというのは、もちろんこの事故を矮小化している国だったりとか、自由に報道できない部分であったりとかっていう部分もあるんですけど、何よりもやっぱり汚染の広がり。もちろん大気中のものもあるんですけど、この海洋という部分に対しても、すごく自分の中で傷ついたというか。

やっぱり、自然を相手にしているスポーツなんですよね。で、すごく狭い世界というか。ローカルと言われる、その土地その土地のポイントポイントごとに、地元の人たちがいらっしゃって、みんな海を大切にしてる。

そとからくる人たちは、そこのローカルに対してリスペクトしなきゃいけないんですよね。当然なんですけど。そのポイントが荒らされない。自由勝手気ままにやって、ゴミを捨てていったりとか、そういうことを絶対に許さない。俺たちの浜は俺たちで守るんだというような、それぞれのポイントに気概があるということをずっと見てきてるわけですよね。30を超えてから。

そのルールということも分かってきて、なるほどと。おじゃまします、という思いで入ってきてたというのがあるから、その海が、もう本当に、広い範囲で今も漏れ続けているわけで。千葉、茨城、福島、宮城。岩手まではサーフィンでは足を運んだことはなかったんですけど。でも、このコーストラインというのは本当に宝物みたいなコーストラインなんですよね。

福島の広野の火力発電所もそうだし、あと、今から考えるとちょっとどうだったんだろうと思うんですけど、福島の第二原発の近くだったり、もう壊滅的な津波の被害を受けた請戸だったりとかっていうところにも入れてもらっていて、すっごい海外みたいなブレイク、波なんですよね。本当に。

そういう、年に3回ぐらい、あの周辺に入ってたから。東京から3時間半ぐらいですよね。3時間、3時間半ぐらいかかって行っていて。なんか、本当に宝物を奪われた感じ。そこに住んでる人たちがすごく海を大切にしてきたという思いも感じるから、だから、サーファー人は漁師の人も多いんですよね。

そういう部分もどんどん連鎖していったかもしれません。いろんな気持ちの積み上げのなかで」

土佐「そのなかで、表現者としては退屈な時期を迎えていたかもしれない。仕事としては待ちというような姿勢だったかもしれないなかで、脱原発という思いを発するか発しないかという葛藤の日がずっとあったと思うんですけど、それはその当時はどういう思いだったんですか?」

山本太郎氏「まあ、表現者として退屈というよりも、もう次の段階に入ってたんですよね。おそらく。この時期、ちょうど3,11前後の年っていうのは、おそらく自分が40代50代60代と役者をやっていくうえで、大切なときでもあったというような。なんかもっともっと自分のなかに色んな積み重ね、経験というものをどんどんやっていかなきゃいけない時期だったというのがありますよね。

だから、逆にベーシックに戻るってことは、退屈でもあるじゃないですか。そういう意味での退屈ってことなんですよね。で、まあ、その退屈をつないでいたというか、退屈ではないけど、そういう積み上げの時期の心の支えになっていたものがサーフィンであり、という部分もあったかもしれないです」

土佐「で、その、あれですけど。孫正義さんのツイッターに応じるのが最初の脱原発だというふうに表現するきっかけだったということなんですね?」

山本太郎氏「そこまで重たいものではないんですよ。というのは、自分のなかで、国の発表だったり、国の対応というものを見てて、自分のなかで、どうしたらいいんだというのがずっとありましたよね。

そこから、もう3週間ぐらい毎日、自分の中で2つの考え。2人の自分がいるってことですよね。声を上げたいという自分と、声を上げられないという自分が毎日、自問自答ですか、戦っているような感じ。

もう眠りも浅いし、寝言で『メルトダウン』って言っちゃぐらいっていう。友達が泊りに来て、『お前、昨日ねごと言ってたよ』って。『何って言ってた?』って言ったら『メルトダウン!』って言ってたって。

そんな状況だったってことですね。だから、この発電方法っていうことについて考えていこうよということを言えない職業ってこともあるし、気にするな、不安を煽るな、というような世間的な同調圧力みたいなものも

<2>


本当に一言出すってことがこんなにハードルが高いのかって。原発いらない、やめようということは、一個人として言うということがこんなにハードルが高いということに打ちのめされたという時だったんですよね。

それで、寝れずに、次の日の朝、生放送があるのに、寝れずに、もういいわ、と思って、寝れないなら寝んとこと思ってツイッターを見たら、孫さんのつぶやきがたまたまあったと。『原発いる、いらない。ちょっとアンケート取ってみようか。賛成反対のアンケートを取ってみようよ』みたいな。

そのアンケートを見た時に、ちょっとイラッとしたんですよね。イラッとしたんですよ。原発、賛成反対、アンケート取るとかって、そんな気軽に賛成反対なんて、言えないんだよ、こっちは、という。思ったんですけど、言ってやろうかなって。という感じで、そのツイートに対して、つぶやいた。

原発、反対ということだけで仕事が細っていく。干されるという状況が芸能界にあるんだよって。でも、言ってやりますよ。原発反対だ、っていうようなつぶやきをしたと思うんですよね、たぶん。

それがきっかけですよね」

土佐「その瞬間どうだったんですか?」

山本太郎氏「もう涙が止まらないような状況でしたよね。もう嗚咽を漏らしながら泣くというか。今まで自分の中で抑えていたもの。もう、自分自身に失望していた。表現の自由も言論の自由も、生きる権利さえもないのかよ、この国には、ということは、自分のなかでは思うけれども、でも自分自身は、それに対して何も言えない。

ということは、自分自身もそれを認めてしまっている、黙認してしまっているってことだろっていう、そういう自分に失望したり、絶望したりってことの連続だったから、その一言、たったそんな一言なのに、なんか自由に慣れた気がしたというのが、そこから開放されたという気になった。

だから、今まで溜め込んでたものが爆発したのかもしれないですね。もうなんか、人間に戻れたというような気がしたというか」

土佐「だけど、やっぱりその、今おっしゃった干されたという状況にはなったんでしょうか?」

山本太郎氏「まあそうですね。すぐにではなかったです。それを言ったあと、少し気をつけなきゃいけないなと思ったんです。どっちみち、いらないということで自分の中で一歩踏み出した。小さな一歩なんですけども。最初のハードルは超えた。だけど、この先、一言言ったからそれで良しってわけじゃなくて、現状は何も変わってないんだから。

しがらみ、がんじがらめの世界だけども、そういうスポンサーという存在なしには生きられない世界、語れない世界なのに、そのなかにいる自分でさえも声を上げるひとりにならないと変わっていかないということは分かるわけですよね。

だから、でも、気をつけてやろうと。というのは、どっちみち仕事が細っていくのは間違いがない。企業の利害と一致している部分があるんだから。自分の仕事も、そしてこの原子力も企業にとって一致している。

ということは、この先、そういう発言だったり行動ということが続けば、仕事は細っていくのは分かるわけだから、気をつけながらやろうと。これはいま、僕がつぶやきをしたというのは、ツイッター、ネットというマイノリティの世界。だから、そこまで大きくはなられたとしても、スポーツ新聞というところで止まるのかなと思ってたんですよね。

確かにその通りになったし。ここから気をつけてやらないと、どっちみち仕事は細るんだから、であれば、今、仕事をしなきゃなと思ったんですよ。だから、マネージャーに電話して、とにかく仕事を入れてくれと。スタンスが変わってるんですよ。極力、効率のいい仕事を選ぼうとしていた部分があった。自分の趣味という部分に対して。だから、マネージャーにはそういうふうに言ってたわけですよね。波乗りの関係があるから。

でも、そういう状況になったときに、もう休みはいいから、仕事を入れるということを中心にして欲しいと。だから、蓄えを作らなきゃいけないというふうに考え方が変わったわけですよ。だから、例えばデモに出たりとかしても、マスコミがいたりとかしたら、なるべく顔を映されないように」

土佐「最初、高円寺のデモに行かれた時も、なんか帽子とかかぶって行かれたという」

山本太郎氏「どうやったかな。たぶんかぶってたんじゃないですかね。細かく覚えてないですけど。でも、そういう考えというのがまったく吹き飛んでしまうようなことが、4月中に起こったのかな。4月か5月かに、文部科学省が子供に対して20ミリ(シーベルト)という数値を発表した。その20ミリってどういうことだよって。

20ミリの4分の1の年間5ミリちょっとぐらいが放射線管理区域。一時間で0.6マイクロってことを知って。で、放射線管理区域ってなんだよって。18歳未満は立入禁止だぜって。そういう専門の知識を持った放射線従事者が入るんだって。そのなかでは、飲み食い禁止だよって。腕まくりも禁止だ。あ、そうって。そんなルールがあるのに、それの4倍を子どもたちに与えて、安全だというこの国は、子供って未来と直結してるから、もう未来を諦めたってことの発表なんだなっていうか。

子どもたちに、筋の通らない安全基準の作り方。状況によって安全基準を緩くしていくっていうことであるなら、それはもう安全基準じゃないよなっていう。国の覚悟っていうのが見えたってことですよね。だからもう、この時に、これはもう自分を守っている場合じゃないっていうか。職業としての自分を気にしてる場合じゃないってことですね。

本当の意味での自分自身を守れなくなるんだなって。自分の命も危うい。ああ、子供の未来は切り捨てます。直ちに影響はないからということのメッセージですよね。今すぐは大丈夫だよって。あとあと分かんないってことを発表したあとですもんね。

国の覚悟が見えた。方針が見えたってことですよね。あ、これはもう、自分自身ももっとやらなきゃいけないって。で、自分の特技はなんだろうって考えた時に、特技なんてなかったんですよね、自分に。って考えた時に、じゃあ、マスコミのいるところに、問題のあるところに自分が出て行けば、ニュースになる可能性がある。

それだけでニュースになる可能性があるってことですよね。どれぐらいの記事になるのか分からない。大きく取り扱われるのか、ちっちゃく1行ぐらいでって扱いになるかも分からないし。でもまあ、それを自分の特技とすればいいかって。光が当たらなそうなところに光が当てられる可能性っていう部分を自分の特技としようと。そこから色んな所に行くことにしたんですよね」

土佐「なるほど。すぐ行動。もちろん行動、そのなかにいろんな葛藤があるんだと思うんですけども、そういう行動に一歩出せるというのは、なかなか出来る人とできない人がいますけども、それはなんなんでしょう?なぜ、そこを一歩踏み出せるんでしょうか?」

山本太郎氏「これがまったく自分と関係のないことだったらここまで踏み込めなかったかもしれないですけどね。なんか。やっぱり自分には20年を超えて、やってきたことがあるわけじゃないですか。その内容の大きい小さいは関係なく、自分自身として積み上げてきたつもりのものがあるわけだから。

それを一旦置いておこうかという話にはなかなかなりづらいですよね。自分と関連してないことであれば。でも、今回の原子力災害だったり、この原発の問題だったり、特に被曝の問題。子どもたちに与えた数値ということでみてみると、自分自身が切り捨てられたということですよね。一番大きかったのは、自分自身が切り捨てられたということを感じた。それが原発事故だった。直ちに影響がないって言葉を使って切り捨てられたということが第一なのかもしれないですね。

まあ、この問題に関して、誰一人として例外がないということですよね。だとするなら、もうやるしかないんだというところですよね。直ちに影響がないという部分で、もうOKとするなら、大丈夫だよって思えたんなら大丈夫だったんでしょうけど、大丈夫には思えなかったという」


<続く>


山本太郎氏のサイト「今はひとり」→imahahitori.com/
フェイスブック→
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ツイッター→
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<雑感>記者クラブの現場記者に共通しているのは、社を代表しているはずの社員であるのに、不都合なとき、つまり批判された時は、必ず、そんなときだけ発揮する「客観視」「俯瞰視」力である。例えば、岩上さん曰く「TPPの事になると記者クラブの人たちは急に頭が悪くなる。彼らは都合よく頭が良くなったり悪くなったりする」と皮肉っているのと同じように、太郎氏が被曝の問題、労働問題、TPP問題で共通して指摘しているメディアの構造的隠蔽体質に関しては、急に自分のことではなくなるのだ。日テレ春川氏やテレ朝寺崎氏のように反論のつもりで恥ずかしげもなく嘘ついたりするのもあるが、現場記者は総じて「すっとぼける」能力が身についており、つまりそれは、「不都合なことは存在しないかのように振る舞う」能力でもある。
こうした責任の所在の不明確な主体のないぼんやりとした総体としてのカオナシ既得権の自己防御反応として、自分たちの権益を脅かす存在に対して「敵」とみなした場合、社会的地位を奪う人物破壊が行われる。山本太郎氏もその覚悟をもって身を投じようと、いよいよ国会に挑もうとしている。国民は、彼から目を離してはいけない。



放送法http://www.houko.com/00/01/S25/132.HTM#s2
第4条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
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