Sekilala&Zowie

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【PC遠隔操作事件の幕切れ】いかにもな後出しじゃんけん発言が言論の自主規制を招き、秘密保全法などの悪法をアシスト、官僚支配を加速する懸念。


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百田、長谷川両氏もご一緒にどーぞ。


    


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PC遠隔操作事件の幕切れ(本人の自白)によって、ここぞとばかりに「そらみたことか」と言わんばかりの発言している自称ジャーナリストにむかっ腹が立って仕方がない。ますはこれ↓



「冤罪だと言われた人をヒーロー扱いなどせず」、一部にはそういう向きもあったのだろうが、少なくともマスメディアと検察の癒着の問題などをこの事件以前より問題視してきた人たちにとっては注目に値する問題だった。しかも、PC遠隔操作の背後には「サイバーセキュリティ」の問題も見え隠れし、日米の間で推進する旨合意がなされ、おまけにCIAからの情報提供という『借り』まであり、推進するうえでも成功事例がどうしてもほしいと国家権力側(トップ)は考えていたはずだ。

これには秘密保全法も当然絡んでくる。なおのこといっそう危機意識をもって「ヒーロー」などに仕立て上げるのではなく(少なくとも自分は)、検察やマスメディアの報道や佐藤弁護士の裁判報告などを注意深く見ていたはずだ。「淡々と捜査の手法などの問題点だけを洗い出していくようなことをしていれば」みんなにそうしろと?「痛手」?リスクを取れないならジャーナリストを名乗るのはやめてはどうか?

一番間近にいた佐藤弁護士はじめとする弁護団(木谷明弁護士(元判事))が結果的に騙されたわけだから、関心の高い一般市民では到底見抜くことはできなかったろう。佐藤弁護士も会見でおっしゃっているが、あのまま、河川敷スマホが見つからなければ、裁判自体は無罪の方向でずっと進んでいったと思うとおっしゃっている。(ただし、元検事の落合弁護士は、必ずしもそうではない旨発言もある)裁判所裁判官自体が構造的に検察べったりなのは過去多く知るところで、実際、裁判内容を佐藤弁護士の会見を見聞きしてても、裁判官はどうもPC遠隔操作の件でも検察寄りな傾向が言葉の端々から窺い知ることができるからだ。

とはいうものの、直接証拠は一つもないので、佐藤弁護士らは自信を持っていたわけだが。そのことは後段に触れるとして。「だから言ったろ?」的な発言をしてる輩についてだ。

片山氏を疑うことはできたはずだ、と言っても想像や推測の枠を超えられないので、どっちに触れても想像や予想はできる。だから佐々木なにがしの言ってることはまったくの後出しじゃんけんのお門違いと憤慨している。単なるツイッターや無償ブログでブロガー発信している人たちが好き勝手言っても、それは仕方のない部分がある。もちろん言論の自由は保障されるべき。

ただ、自称ジャーナリストというものを生業にしている人間が他人のことをとやかく言うまえに、自分自身が孫崎享氏の『戦後史の正体』のでたらめ(読んでないと思われる書評内容)な書評を、よりにもよって朝日新聞という、ある意味で何百万部かの不特定多数の人間に情報発信する公共媒体に有償で掲載された(依頼があり、掲載するか否かなど一切の責任は朝日にあるなどというク言い訳は通用しない)その責任、あるいは自らのインチキを振り返って弁明、反省をしたのか?朝日の担当者以外に、書評当人として孫崎氏に詫びたのか?テキトーな「いかにも」なことを発言して、阿呆B層あたりを煽って自らの私腹を肥やすようなことをしてないか?

ここに郷原信郎氏のブログ記事があるのでご存知かと思うが転載する。

孫崎亨著「戦後史の正体」への朝日書評の不可解
投稿日 2012年9月30日 投稿者: nobuogohara

 本日(9月30日)の朝日新聞に、佐々木俊尚氏による孫崎亨著「戦後史の正体」の書評が掲載されている⇒http://bit.ly/V0wg4Z 私が読んだとは違う本の書評ではないかと思える不思議な書評だ。
孫崎氏自身もツイッターで批判しているように、同書では、「米が気に入らなかった指導者はすべて検察によって摘発され、失脚してきた」などとは書いていない。同書が取り上げている、アメリカの意図によるとする検察による政界捜査は、昭電疑獄とロッキード事件だけであり、検察問題を専門にしている私にとっても、従来から指摘されている範囲を出ておらず、特に目新しいものではない。
 西松建設事件以降の小沢一郎氏に対する一連の検察捜査がアメリカの意向によって行われたものだという見方もあるが、私はそのような「陰謀論」には与しない。検察をめぐる問題は、そのような単純な話ではなく、むしろ検察の独善的かつ閉鎖的組織の特質にに根差す複雑な問題だ。私は、そのような検察に対する「アメリカの陰謀論」を基本的に否定してきたが、その私にとっても、同書の検察に関する記述には全く違和感がなかった。

 佐々木氏は、同書を「典型的な謀略史観」だというが、その「謀略」という言葉は、一体何を意味するのだろうか。
 日本の戦後史と米国との関係について、「米国の一挙手一投足に日本の政官界が縛られ、その顔色をつねにうかがいながら政策遂行してきた」と述べているが、それは、孫崎氏が同書で述べていることと何一つ変わらない。孫崎氏の著書は、アメリカ側の誰かと日本側の誰かとの間で、具体的な「謀議」があって、そのアメリカ側の指示に日本の政治や行政がそのまま動かされてきたというような「単純な支配従属の構図」だったと言っているわけではない。むしろ、孫崎氏の戦後史には、「謀略」という単純な構図ではなく、政治、行政、マスコミ等の複雑な関係が交錯して、アメリカの影響が日本の戦後史の基軸になっていく構図が、極めてロジカルに描かれている。従来の「陰謀論」とは一線を画した、具体的な資料に基づく、リアリティにあふれるものであるからこそ、多くの読者の共感を得ていると言うべきであろう。
 「戦後史の正体」を佐々木氏のように読む人がいるというのも驚きだが、あたかもそれが同書に対する標準的な見方であるように書評として掲載する朝日新聞の意図も私には全く理解できない。
 孫崎氏の「戦後史の正体」に関連して、拙著「検察崩壊 失われた正義」(毎日新聞社)が注目されたのも、これまで、秘密のベールに包まれてきた検察の組織の現状が、いかに惨憺たるものであるかを明らかにしたからだと思う。朝日新聞は、その拙著も、「検察の正義」をおとしめる「謀略」と捉えるのあろうか。



孫崎享氏ご本人のツイートから。

戦後史の正体・朝日新聞書評

30日朝日新聞が「戦後史の正体」の書評を出した。目を疑う位低レベルの書評だ。朝日新聞は「この書評は適切でなかった」とお詫びの文書を掲載すべきだ。余りに馬鹿馬鹿しいから、全体を論ずることなく、最初の数行をみてみたい。

冒頭「ロッキード事件から郵政民営化、TPPまで全ては米国の陰謀だという本。米国が気に入らなかった指導者は全て検察によって摘発され、失脚してきたという。著者の元外務省情報局長という立派な肩書きも後押ししてか、大変に売れている。しかし本書は典型的な謀略史観でしかない」。

わずかこれだけの行でも全記述に疑問がある。事実と違う。「米国が気に入らなかった指導者は全て検察によって摘発され、失脚してきたという」、私の「戦後史の正体」のどこにそんなことが記述してあるか。日本の政治家を追い落とすパターンを①占領軍の指示で公職追放、②検察基礎、③政権内の主要人物切り捨て、④党内反対勢力高める、⑤大衆動員と分けた。

この分類分けをしている事だけ見ても「米国が気に入らなかった指導者は全て検察によって摘発され、失脚してきた」という記述は間違いである。ロッキード事件は、「キッシンジャー自身が中曽根元首相にやり過ぎ」と述べてる。中曽根元首相の記述が嘘だというのか。「中曽根元首相の嘘を信じているとんでもない本だ」と書けるのか。米国はロッキード事件に何の関与もなかったというのか。TPP,これに米国の働きかけがないというのか。馬鹿いっちゃいけない。

TPPは米国の圧力そのものでないか。郵政民営化に米国の働きかけがないというのか。「謀略史観」と批判している人の最大の欠点は、論じられている個々の案件について全く論ずることなく(多くの場合能力がない)、全体を「謀略史観」として批判する。「元外務省情報局長という立派な肩書きも後押ししてか」と書いているが、この世の中、「元外務省情報局長という立派な肩書き」で本が売れるお目出度い世界でない。

「元次官」の本の売れ行きを調べたら良い。20万人の人が買った。この人達を冒涜してはならない。読者一人一人は、この佐々木俊尚とかいうより、はるかに優れたコメントを出来る。朝日新聞、売れている本を単に貶めようとする書評しか掲載できないなら、書評欄なんてやめてしまえ。朝日はこの書評で如何に自分達のレベルが低いか、少なくとも20万人の読者に示した。朝日新聞が高質新聞と信じている人々よ。私の本を読み、この書評を読めば、改めて朝日新聞のレベルの低さが判る。



佐々木なにがし以外にも「そらみたことか」発言をツイッター上でしてる者がいて、八木啓代さんに絡んでるのを見て、(その批判がもちろん妥当なものなら別だが)憤慨しながら、ある別の危機感を抱いた次第。その批判のなかに引っかかる言葉があった。「確証バイアス」確証バイアスとは・・・個人の先入観に基づいて他者を観察し、自分に都合のいい情報だけを集めて、それにより自己の先入観を補強するという現象(Wikipedia)だそうだ。

この批判、一見まともそうに見えるが、お門違いもいいところだ。大手キシャクラブメディアが小出しにする情報を取得しつつ何かを述べる端から、また小出し情報が出され、それに反応する都度、謝罪していかなければならないのか?キシャクラブのポケットいっぱいに詰まったアメ玉を一個一個出されて、渡されるようなぽち状態で喜んでいていいのか?そもそも。

まず、前提として、大手マスコミのキシャクラブの連中は、国民が要請もしていない特権でもって、情報を利権化し、一番権力の近いところで日々情報を入手している。これを癒着とも、大本営とも批判されているのは誰もが知るところである。独立系の、個人や法人のジャーナリストたちが同じようにアクセスできる体制になっていないそもそもの情報格差がある。この認識が大前提である。であるなら、まず誰もがアクセスできるようにしてから、言ってもらいたい。なぜ我々国民が特定の限られた情報利権組織の小出し情報を頼りにしなければならない?あいまい表現の一言一句から類推しなければいけないようなハードルを越えなければならない?

では、今回の事件に関して、彼らマスコミは間違わなかったか?いや、間違った。検察の嘘情報リークをそのまま垂れ流した。江の島のネコを撮影した映像がアキバで押収した携帯から発見されたというような事実はなかった。あれは、今明かされた真実はコダック社製の「プレイスポーツ」というポケットビデオカメラで撮影したと片山氏本人が告白したことが明らかになった。

これは弁護団は知らなかったし、捜査側も知らなかったはずだ。わざわざ防犯カメラ映像の画像規格を落とし、見えづらくし、逆に弁護側に反証する余地を与えた。またもう一つ、プログラミング言語習得やソフト作成の問題や文章作成。捜査側は痕跡を見つけられなかったし、「秘密のパソコン」の存在を弁護側も知らなかった。もし「自宅パソコンの痕跡」そして「秘密のパソコン」(自宅マンション駐輪場の屋根裏から押収?)が見つかっていれば、決定的証拠として「ウィルス作成罪」で起訴されて、すぐに終了だったが、そうなっていないのが何よりの証拠。

<*自宅パソコンはハードディスクを外しきれいにしOS入れ替えたらしい。それとは別途、保有。上記「秘密のパソコン」は保釈後入手?のパソコンのことらしい。また保釈後に捜査側が片山氏を尾行していたことはすでに判明。ただし24時間体制ではなく他に携帯などの発信捕捉や盗聴していた模様。つまり、あのまま自殺をしていたなら警察検察の落ち度の批判は免れない状態だった。よって、佐藤弁護士の必死の説得に検察側は感謝したとのこと。また当初、マスコミの誤報によっても片山氏は自身の無罪への確証を高めていったことが分かった。若干加筆修正。5/22>

よって、確証バイアスなるものを用いて批判するのはまったくの頓珍漢である。八木さんらを批判したいがための批判でしかない。さらに言えば、真犯人となった片山氏を逮捕する前の段階で、NHKをはじめ、大手マスメディアは顔出しの隠し撮りを流した。これを正当化されてはならない。他にも、人質司法など。このような的外れな批判によって、PC遠隔操作事件を疑惑の目で見てきた一般の人たちが自ら口を閉ざしてしまうような言論の自主規制を懸念する。

このことが、いま官僚主導の安倍政権が推し進めている秘密保全法(この後に控える共謀罪や通信傍受法の適用範囲拡大)やサイバーセキュリティや集団的自衛権行使容認の問題などともリンクし、国内の体制を一気に改変してしまうことをアシストすることになってしまうからだ。

ここで、多くの人に理解してもらうためにも、八木さんのブログ記事を転載する。

PC遠隔操作事件:すべての謎が解けたあとに残るもの
八木啓代のひとりごと
 さて、色々な報道が錯綜する中、遠隔操作事件の公式の記者会見の通知が届いたのが、10時半頃。弁護士事務所からのメールを見たのが43分頃。
 それで11時開始って......と、あきらめかけたが、記者会見が遅れて始まることと、長引くことに賭けて、家を飛び出した。
 その内容は、ビデオニュースドットコムやIWJなどで配信されるのはわかっているのだけど、とりあえず、ツイッターで逐一ツイートした。
 その途中に、「小刻みに書くな」(←ツイッターに文字制限があるのを知らないらしい)とか「弁護士の代弁をするな」(←弁護士の記者会見をツダってるだけですが)とかいうリプライを入れてくる(お前みたいな無知がツイッターやるなよと言いたいような)超絶アホがいたりしたが、そういうのは無視して、ひたすらiPhoneでツダる。
 まあ、それはこちらで読んで頂くとして。

 結論から言うと、片山氏が犯人であることは確定的である。というのが、犯人しか知り得ないことが佐藤弁護士に告白されており、且つ、それまで私が持っていた疑問も解決したからである。
 その点では、片山氏が無実であることを信じていた佐藤弁護士も、私たちも、見事に騙されていたことになる。ちなみに、昨日、佐藤弁護士が「うろたえた感じ」で記者会見していたと報道していた社があり、それを鵜呑みにしていた人もいたようだが、これは事実ではない。
 昨日の記者会見の段階でも、佐藤弁護士は微動だにせず、片山氏無実を確信していたのである。(それは記者会見の実際の映像を見れば明らか)

 では、なぜ、こういうことになったのか。正確には、なぜ、佐藤弁護士や多くの人が、片山氏以外に犯人がいるのではないかという心証を持ったのか。それはもちろん、単なる検察叩きとかいうレベルの低い問題ではないので、それを検証してみようと思う。
 ちなみに、昨日今日のブログのエントリだけを読んで、私のことを「まったく事情を知らない素人が想像だけで片山無実の陰謀論を書いている」と思ってコメントしている阿呆もいるが、むろん、そちらのほうが妄想である。

 さて、これは私自身が記者会見でも質問したことだが、弁護団が、片山氏が犯人ではないのではないか、警察・検察が暴走しているのではないか、という論理的な疑惑を持った最大の理由は二つある。

 ひとつは、警察・検察から、事実と異なるリークがマスコミに対して積極的になされていたことだ。
 それは、具体的には「江ノ島の猫に首輪をつける決定的な瞬間を捉えた監視カメラの映像がある」というものと、「FBIとの捜査協力で、Dropboxから片山氏がウイルスを作っていた決定的な証拠が見つかった」というものだ。

 この2点を、実は捜査当局はマスコミに流し(実際に一部報道されている)、そのことをもって、「片山冤罪説など書くと、とんでもないことになるぞ」と脅しをかけていたのである。
 この事実は、私は、複数の司法記者や警察記者から聞いて知っている。

 一方で、早い時期から弁護団は、検察側に「堅い証拠があるなら見せてほしい。それであるなら、ちゃんと片山氏を説得し、有罪を受け入れるようにするから」と申し出ている。しかし、そのような証拠を検察は、一切出してこなかった。

 これは矛盾である。

 もう一つ。検察は再逮捕を繰り返し、片山氏を1年以上も接見禁止で拘束した。いわゆる、絵に描いたような人質司法である。そして、驚くべきことに、その間、片山氏の取り調べを行っていない。弁護団は、可視化に応じるならという条件で、取り調べに同意していたのだが、検察は、可視化に応じないで取り調べを拒否していたのである。
 検察にやましいことがなく、かつ、決定的な証拠があるなら、可視化した取り調べで片山氏に、その証拠を突きつければすむだけの話だ。
 それができないということは、そもそも、決定的な証拠などないのではないか。また、取調べの可視化を断固として拒否するのは、「可視化されたら困る理由が検察にある」からではないのか、というのは、誰でも抱く疑問だ。

 さらに、検察の主張は、「片山氏以外に犯人はあり得ない」というものだったが、論理的には、「片山氏のパソコンもまた遠隔操作されていたとしたら可能である」というのも、事実である。結果的にはそうでなかったわけだが、それは結果論であって、もし、非常に優秀なプログラマである真犯人が別にいれば、片山氏のパソコンを遠隔操作して、偽の証拠を残すことは、技術的に可能である。

 可能である以上、その可能性も、当然ながら検察は真摯に検討するべきなのだが、検察には、その形跡はなかった。(だからこそ、ハッカソンをやることによって、検察の主張に無理があることを証明しようとしたわけだ)

 そんな中で、私は、ある検察関係者から「検察は決定的な証拠を実は持っていない」ことを裏付ける内容の話を聞いた。すなわち、「江ノ島の猫に首輪をつける決定的な瞬間を捉えた監視カメラの映像」もなければ「犯人のメールに添付されていた猫の写真がスマホから復元」も、「FBIとの捜査協力で、Dropboxから片山氏がウイルスを作っていた決定的な証拠」もないということである。

 だとすれば、なぜ、検察は、そのような事実と反することをマスコミにリークするのか。明らかに、世論誘導しか考えられないのである。そして、実際に、陸山会事件などで、検察は、石川議員を逮捕して、してもいない自白をしたと偽のリークをおこなって世論誘導をやった「実績」があるときている。

 つまり、「検察の主張には重大な嘘がある」「可視化を拒否して取り調べを行わない」という2点によって、弁護側は、むしろ、片山氏が冤罪ではないかという疑いを強めたことになる。(これは会見でも、佐藤弁護士は肯定している)

 弁護側だけではない。これらの事実を知れば、誰でもが、検察が「正当ではない捜査を行い、正当ではない起訴を行った」と考えるのは当然のロジックだ。(これを知っていて、なおかつ、片山が犯人に違いないから、デマをリークしようと、証拠なしに長期拘束しようと構わない、と信じる人がいるなら、ある意味、その方がよほど怖い)

 そして、公判にあたって、弁護側は検察側の証拠提示をすべて呑んでいる。
 片山氏もそれに対して、平然としていたことから、佐藤弁護士は、無罪の心証を強めたという。常識的にはそうだろう。

 しかも実際の公判では、まさに、検察が決定的な証拠など持っていなかったことが裏付けられてしまうこととなってしまった。細かい状況証拠の積み重ね、というが、最初にリークしていた「決定的な証拠」の話が嘘だったということにほかならないのだ。実際、検察は、ウイルス作成罪での起訴はできていないのだ。

 そういう意味では、河川敷でスマホを埋めたのが、捜査員に目撃されていたことで、片山氏が観念し自白した、という点では、ある意味、警察の地道な捜査が実ったともいえるのだが、そもそも、デマリークをしたり、可視化を拒否したり、1年も長期拘束していなければ、もっと簡単に解決した事件を、警察と検察が「怪しさ満開」の行動を取ることで、かえって、話をややこしくしてしまったといえる。
 ぶっちゃけ言えば、片山氏が河川敷にスマホを埋めるという行動を取らなければ、無罪になってしまった可能性も高かったわけで、ある意味、まぐれでホールインワンを入れたようなもの、といった方が良いかもしれない。

 そして、最大の問題は、その河川敷まで行動確認(尾行)していた警察が、その後、弁護団にも知らせずに、まず、マスコミにリークするということをやったことだ。
 このことで、昨日、病院に行くはずだった片山氏は、弁護士からの電話で、河川敷での行動が目撃されていたことを知り、逃亡する。
 しかし、マスコミにリークすれば、当然、それは予想範囲のことのはずだが、この日、警察は、何と、片山氏を行動確認していないのだ。
 というのも、片山氏は、その後、呆然として、都内の公園でベルトで自殺を図った。しかし、ベルトが切れて死にきれず、その後、アルコールを飲みながら高尾山を彷徨って、何度も自殺を図ったという。
 被疑者が自殺の恐れがあるなら、身柄確保を目的とした逮捕は可能なのだが、それをしていないこと自体が、警察の大失態だ。
 もし、ここで片山氏が告白しないまま自殺していたら、この事件は、被疑者死亡ということになる。そうなれば、たとえスマホにメールがあったとかDNAが検出されたとか発表されたところで、多くの人には、それこそ「ものすごく後味が悪い感じ」、ぶっちゃけて言えば、文字通り、陰謀論の火に油を注ぐ状況にしかならなかったはずだからだ。

 だからこそ、佐藤弁護士は、とっさに告白電話を録音しつつ、自殺しないよう必死で説得したという。もしも佐藤弁護士が、片山氏を冤罪ということにしたければ、そのようなことをする必要はないわけで、これは佐藤弁護士の名誉のためにも書いておかなくてはならないだろう。
 ちなみに、この夜、ジャーナリストの神保氏は片山氏にメールを送り、「何があっても、佐藤さんは許してくれるよ」と書いたそうだ。偶然だが、私も昨夜、Lineで似たようなことを片山氏に送っている。
 むろん、佐藤弁護士は、弁護人としては裏切られたという否定的な思いはないし、見捨てるつもりもないとのこと。

 さて、それにしても、何故、片山氏はこのようなことをしたのか? という問題は残る。
 実は、その前の記者会見で、片山氏は犯人像を聞かれて、「犯人はサイコパスだと思います」と言っていた。その時、私は、そこまで言わんでも、と思ったのだが、片山氏の告白によると、それは自分自身のことを言ったのだそうだ。
 なぜかわからないが、自分にブレーキがきかなくなることがある。犯人の人格になりきってしまうとなんでもできる、とも。その点で、「犯人になりきって書いた」メールの中で、失礼なことを書いてしまった江川紹子さんには本当に申し訳ないと言っていたという。
 そして、遠隔操作事件そのものについては、検察や警察に恨みがあるというより、やってみたらできちゃった、という感じ、ヤッターという感じ、だったという。
 「検察や警察に恨みを持ち、それが動機である犯人像」そのものも、片山氏が、創作して創り上げたものだったのだ。

 しかし、決して公判が不利ではなかったにもかかわらず、何故、この時期に、河川敷にスマホを埋めるようなことをしたのか。それは、ほかならぬ母親が、自分に疑いを持っていることに気づき、裁判から早く逃れて2人で暮らしたかったからだという。
 本当は、万一有罪になったら、収監後に送るつもりだった真犯人メールを早めたのが、母親の安心させたかったためというのが、なんとも幼い。その幼さは、犯行の一方での周到さと、その反面、スマホが発見されることをまったく考えていなかったという幼さともつながる。
 今日、弁護士から検察公判部に連絡をし、迎えに来た検察官に身柄を渡される間も終始平静だったが、お母さんから「真犯人であっても受け入れる、帰ってくるのを待っている」というメールを見て、ちょっと涙を見せたようだったという。

 片山氏は、以前、解離性人格障害の診断を受け、さらに、別の医師から、適応障害とうつの診断を受けたという。精神障害の認定は、ほぼ自己申告なので、実は難しい。
 しかし、たとえば、15日の「真犯人メール」を江川紹子さんから見せられたときに、「読み進むにつれ、みるみる顔が紅潮して」といった演技が「できてしまう」、息をするように「嘘がつけてしまう」、「犯人になってしまうとブレーキがきかない」、「だから自分はサイコパス」という片山氏には、精神鑑定の必要はあるだろう。(だから無罪にするべき、という話ではない)

「検察が決定的な動かぬ証拠を持っている」という情報が流れている中で、堂々としていられ、その証拠の開示に積極的、というのは常識では考えられず、だからこそ、(弁護団も私たちも)片山氏には本当に身に覚えがないのだと思ったわけだが、彼が精神に問題があったのだとしたら、それはもはや論理を越えた世界であって、論理で太刀打ちできる話ではない。

 だからといって、検察がありもしない証拠を、あるとデマリークし続けたことが許されるわけではないし、可視化を拒否しつつ、長期間の拘束を続けたことも正当化はされるべきではない。それによって、むしろ検察の横暴を際立たせて権威を失墜させ、さらに弁護を混乱させ、事件を複雑にしてしまったのが、事実だからだ。

 むしろ、このような事件があるからこそ、マスコミへのリークとそれに乗った報道は断罪されるべきだし、取り調べの全面可視化の法制化は必然であると、私は改めて考える。被疑者のためだけではなく、むしろ、検察や警察のためにも。



*追記:八木さんのブログに別の新しい記事が掲載されていた。偶然にも同じようなことが書かれていたので、リンク。ぜひ読んでいただきたい。

遠隔操作事件:いくつかの疑問に答える:八木啓代のひとりごと

*最後に、当然のことながら自分が正しいと言っているわけではない。過去ツイッターでも何度も書いたことがあるが、誰しもが間違えることがある。間違えたら間違えたことを自ら総括し、謝罪すべきは謝罪し、反論すべきは反論する。もちろん、自らの発言に責任を持つ。間違えることを恐れて、グレーゾーンに触れないようなことがあってはならない。白黒はっきりするまで口を閉ざすようなことではジャーナリズムではない。ジャーナルとは日々の記録というらしい。正しいことしか言うな、はっきりするまで言うなということであるなら、大本営キシャクラブですら間違うのだから(しかも自らの発言・報道発信に無責任な連中)、この世の中、誰も勇気をもって発言するものがいなくなり、官僚国家がますます官僚支配国家になるだけのことだ。そうなれば、何が始まるか(いや、すでに始まっているが)、私たちは今こそ歴史に学ぶべきだというのは、多くの人が共有するところだろう。

今更ながら、大手マスコミ記者が質問するとき「*****の報道がありますが~~~」という。いや、自分とこの報道だろ。しかも横並びの。片山氏が自作自演なら、マスコミ連中も自作自演(マッチポンプなど)で大臣を辞任に追い込んだ過去の悪行がある。誰か総括し責任を取ったか?陸山会事件は?村木さんなどの郵便不正事件は?韓国の沈没船事故対応の遅れを批判する日本のマスコミは、原発事故直後に真っ先に逃げたんではなかったか?オバマは本当に中国をけん制したか?

最後の最後に一言。無関心を装い、あるいは自分の意見を述べず黙っていて、もしくは、どっちつかずの無難な発言をして、後出しじゃんけん的に「ほらみたことか」などという連中は相手にする必要はないし、特に、今の時代、必要とされていない。今だからこそ、リスクを恐れず「自由に」発言しなければならない。これまた「自由に」をはき違えるととんでもないことにはなるが(笑)

*5/30追記:八木啓代さんが、「残念なことに、見事なほどなかったどころか、誤報を通り越して、むしろ、捏造に近い記事まで出ている有様なので、やはり書かねばなるまい」として、当ブログ記事よりもっと詳細で分かりやすく丁寧に分析をされた記事をアップされたので、拡散の意味でリンク。

2014-05-28 PC遠隔操作事件:マスコミがあえて触れない「事件の真相」 八木啓代のひとりごと



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