Sekilala&Zowie

No one is free, even the birds are chained to the sky.


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

藁をも掴む思いで掴んだらどうなる

3605244666_e9dd052b50_b.jpg


藁をも掴むとは、「溺れる者は藁をも掴む」の一部。

その意味は、「溺れそうになっている人は、麦藁のように頼りないものであっても、永らえようとして頼ってしまうものである」ということから)危急の時にあっては、普段なら取り合わないような、頼りないものにでさえ、助けを求めてしまうものであるということの例え、または、そのようなものにまで、助けを求めてしまうような危急の状態にあること」(「ウィクショナリー日本語版より」)

さて、今回の維新の案、安倍政権を倒すためには、維新がカギを握っているというフレコミで、政局的な観点から、維新を必死に応援している人たちがいて、維新の案に合憲だというお墨付きを小林名誉教授が与えたことで、合憲vs違憲の戦いのように見え、これに反する、あるいは外れる主張をする者、例えば、閣議決定は違憲なのだから、戦争法案の撤回を求めていくべきだ、のような主張をする人たちは、野党を分断しているとされ、大局的にみれば、安倍の戦争法案は違憲であるという同じ側の内部が分裂しそうな気配である。

僕のような「審議拒否主張派」も分断している側とされているようだ。

彼らは、維新(民主)の提出した案を審議にかけることで、60日ルールを超えて廃案に持ち込むという狙いがあるからだというが、最大の期限は、今月の27日?だと言われている。

では、直近のニュースはどうなっているのだろうか。こういうときの特権記者クラブをまるまる信じるのもどうかとは思うが、政府が考えていることを推測するには、逆に都合が良い場合もある。

維新の某幹事長どのは、昨日8日の午前11時頃に、自身のツイッターで、「いわゆる「60日ルール」が使える7月末を超えて、国民の理解が得られるまで、期限を区切らず審議を続けるべきとの考えで一致。アリバイ的に2、3度質疑しただけで、審議打切り、採決強行は認められない」とつぶやいた。

しかし、9日の午前1時、つまり、8日の深夜に日経が報じたところでは、こうだ。

「・・・維新の党は対案の審議を尽くせば下旬の衆院採決を容認する構えで、各党の思惑が複雑に絡む展開

・・・民主党など野党側は「中央公聴会は採決の前提とならない」と反発。与党側が協力をあてにしてきた維新も「15日や17日の採決は認められない」(柿沢未途幹事長)と批判する。維新から政府案採決への協力をとりつけるため、与党は8日に提出した維新の対案に関する特別委の審議時間をギリギリまで確保する考え・・・党内には、維新案を徹底審議し、衆院通過を24日まで延ばす案もある。

・・・民主党の岡田克也、維新の松野頼久両代表は8日の会談で60日ルールを前提とした採決は望ましくないとの認識で一致し、与党側の動きをけん制した。維新は、与党が60日ルールの事実上の適用期限と位置づける24日の衆院通過は認めない一方、対案の審議を十分に尽くせば、政府案の採決に柔軟に対応する構えだ。維新の要求に沿って審議時間を大幅に確保し、29日に政府案を衆院通過させれば、会期末となる9月27日に再可決は可能だ」



維新に関するところだけ転載した。

今、維新幹事長どのはものすごい前のめりになって、各メディア媒体で自党をアピールしまくっている。それもなにも「何はなくともまずは存在感だ。埋没しちゃっては駄目だ。「悪目立ち」だってしょうがない」からだろう。

そして、自画自賛ツイートのオンパレ、橋下徹をさすがと持ち上げ、石原慎太郎をも持ち上げつつ、自民党の案は「あいまいだ」と批判し、自党の案は「真逆」であるかのような印象を与え、自民党案は「違憲」だが、維新案は「合憲」だとする。

その合憲だとするお墨付きを与えた形になっているのが小林節名誉教授の見解である。

ただ、他の憲法学者はどう見ているのか?という点においては、95%の憲法学者が「憲法違反」だと判断した自民党の戦争法案とは扱いが異なるはずである。

しかし、維新の提出した案を徹底審議して、「60日ルール」を超える戦術しかない、と思っている方は、維新に頑張ってもらうしかないという思いから、維新を応援していると思われる。

いずれも、自民党の戦争法案を廃案にするにはどうすればいいか?という方向性は同じで、当方の主張は、従来より一貫して、野党は一致して審議拒否すべき、と言ってきたが、まず民主党の岡田氏が、安倍総理がオバマに先に約束したことを受けて、「強い危機感と怒りをもって国会で徹底論戦を挑む」と述べたと伝えられたので、審議することが前提なんだなという思いをすでに4月下旬には抱いていた。

審議するということであれば、採決させないことを考えなければならない。生活の小沢代表は「全野党が採決に応じなければ、自公は強行出来ない」と述べたという。

そこで、維新の登場である。


    


ブログランキング参加中⇒にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 政治ブログへ

そして、維新の独自3案のうち、1つの「領海警備法」は、ゴタゴタしたものの、民主党と共同提出と相成った。他の2案は維新独自のものということになる。

その維新案はこの3つ。
  • 自衛隊法等の一部を改正する法律案《189衆25》
  • 国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する人道復興支援活動等に関する法律案《189衆26》
  • 領域等の警備に関する法律案《189衆27》

自衛隊法一部改正と人道復興支援法案が独自案である。

時事通信に言わせると、「拡大解釈した事実上の集団的自衛権」というもののキモは、維新自身がポイントとして示している。


これには、①条約、②我が国周辺、③我が国への武力攻撃と認められるもの、として米軍にX国から攻撃がある「明白な危険が認められる」場合、自国への攻撃とみなし、「自衛権行使」してX国を攻撃することが出来るというものだ。

まず、条約というのは日米安保だが、これは前回のブログで示したので、お読みいただければと思う。次に、我が国周辺というものだが、これも前回のブログに書いたが、日米安保第五条の「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」の「日本国の施政の下にある領域」ならわざわざ「日本周辺」とする必要もなく、それ以上の範囲なのか不明確である。しかし、小林名誉教授の「合憲」の根拠は、「条約」の範囲内だと理解している模様。でも、なぜ不明確に「日本周辺」にしているかというところが前回まで、よく分からず、しかし、ここの部分がどうも拡大解釈していて、仕掛けになっていると前回のブログで推測している。

さらに問題なのは、③である。実は、この維新の案を「憲法違反」とする憲法学者がいる。全国憲法研究会の代表でもある水島朝穂教授。この方の経歴からしても、憲法学界の権威と言ってもいいだろうと思うが、権威だけでもって崇めるのをここでは良しとせず、ぜひ、水島教授の維新の独自案は違憲であるという論理をじっくり読んで理解していただきたい。

その前に、一つだけ。安倍政権が7月1日に行なった「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」という閣議決定、これが「憲法違反」であるという前提の共通認識があると理解しやすい。

では、一部だけ転載させていただく。

「独自案」の問題点を理解するためにも、その前提として、まずは次の警告から始めたい。安倍内閣は「7・1閣議決定」により、政府の憲法解釈を変更し、集団的自衛権行使を容認してしまった。法律は憲法の下位規範であり、憲法解釈の範囲内で法律は解釈される。維新の党が「独自案」を出そうが、政府案をどのように修正しようが、法律の解釈を縛る上位規範である憲法の政府解釈は、「7.1閣議決定」という形で残ったままである。したがって、今後は、集団的自衛権を認めた「7.1閣議決定」による憲法解釈をもとに、政府は自衛隊法などの個別の法律を解釈し、立法化していくことになる。「対案」を出すとか、それが「合憲」だとか、浮ついた議論が横行しているが、「7.1閣議決定」を所与の前提として法律をいじくりまわしても、今後は「7.1閣議決定」による憲法違反の解釈がその法律にビルト・インされてしまう以上、違憲の瑕疵は全く治癒されない。憲法解釈を変更してしまった「7.1閣議決定」を破棄する以外に、安倍内閣の憲法違反の行為を是正する方法はない。諸悪の根源である「7.1閣議決定」を断たない限りは、どんなに対案を出そうが、政府案を修正しようが、トカゲのしっぽ切りである。問題は、対案を出すとか、政府案の修正ではない。「7.1閣議決定」の破棄である。そのことをおさえた上で、改めて、憲法9条、現行の自衛隊法76条と88条をもう一度よく読んでほしい。

○日本国憲法
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
○自衛隊法
(防衛出動) 
第七十六条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃(以下「武力攻撃」という。)が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律 (平成十五年法律第七十九号)第九条 の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。 
2 内閣総理大臣は、出動の必要がなくなつたときは、直ちに、自衛隊の撤収を命じなければならない。
(防衛出動時の武力行使)
第八十八条 第七十六条第一項の規定により出動を命ぜられた自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。
2 前項の武力行使に際しては、国際の法規及び慣例によるべき場合にあつてはこれを遵守し、かつ、事態に応じ合理的に必要と判断される限度をこえてはならないものとする。


憲法9条1項によれば、「武力の行使は・・・永久にこれを放棄する」とされている。それにもかかわらず、自衛隊法88条1項は「武力を行使することができる」としている。明らかに自衛隊法88条1項の文言は憲法9条1項の文言に違反している。だが、この両者の橋渡しをするのが、自衛隊法の「外」に自衛隊法の解釈を縛る上位規範として存在している「政府の憲法解釈」である。つまり、従来、政府は、憲法9条1項の文言にかかわらず、個別的自衛権行使であれば、武力行使ができるという憲法解釈を積み重ねてきた。そこで、この憲法解釈を前提として、88条1項により、我が国に対する武力攻撃の発生があれば、個別的自衛権行使として武力の行使ができると解釈されてきたわけである。逆に、88条1項で文言上は「わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる」と書かれていたとしても、集団的自衛権行使という武力行使は違憲という政府の憲法解釈を経由して、集団的自衛権行使という武力行使は88条1項によっては認められないと解釈されてきたわけである。このように、88条1項の武力行使の内容を判断するには、一度、「政府による憲法解釈」を経由する必要がある。憲法解釈がまずあり、その範囲内で法律を解釈するのは、法解釈のイロハである

一部、転載。上記、これがまず基本となる。

この先がとても重要な部分になるが、それは是非、水島教授のサイトでお読みいただきたい。

「違憲立法」成立に加担する維新の党――「独自案」の本質

当ブログでも前回の記事で「『日本国の施政の下にある領域における』が、維新のいう「日本周辺」を指しているものということになるが、維新の案では、米軍が攻撃にあった場合、日本が自国への攻撃とみなし、米軍を攻撃した相手を自動的に攻撃できることになっている。だから、時事通信の「事実上の集団的自衛権」というのはある意味、正しい」と指摘した。

要するに、維新の案は、ただ単に、自民党の「戦争法案」の「世界中どこへでも自衛隊が行ける」範囲を「朝鮮半島有事」などを想定した「日本周辺」に縮めただけで、その法的根拠・論理構成とするものは変わっておらず、違憲であることに違いはないという論理だと水島教授の意見を当方は読解する。

どうやって攻撃の危険性を「みなす」のかという法的根拠となるのが「憲法違反」の7月1日安倍政権による閣議決定であるということであり、それは、自民党の案はもちろんのこと、維新の案も、その部分は変えてないので、言い換えただけで、運用上の法的根拠は同じく「違憲」であるという。

やはり、①の「条約」と、②の「日本周辺」の根拠とするものが別個であるというのは、そういう理由だったのかというのが正直な感想。

これまでも、なぜ上書きしなければならないのかと書いてきたが、このトリッキーなものに対して、維新の政治家も、維新を推す人たちも、誰一人として明確に説明している文が見当たらないので、おかしいと思っていた。

もう一度言うが、同じ方向を向いていることは間違いないわけなのだから、もし仮に、方法論が違うとして、戦略的に「60日ルール延長」に持ち込むために、維新を推すことが正しいと思っているのならば、この辺の維新案の疑問に対して、説得力を持つ必要があると思う。

もう一つの、民主党との共同提案となった「領海警備法」についても、水島氏は「無用、不要、有害」と厳しく批判している。その論理もきちんと示されている。

そして、なにより維新の党が、同一労働同一賃金の法案に対して、どのような行動をとったのか?という直近の動きを検証すべきだと思う。安倍政権は、今回も次世代の党を引き込んで、「強行採決回避」の形を取っている。では、あの時、維新はどのように対応したのだろうか?

維新は、与党との協議を行なったが、平行線に終わり、これからも継続協議をするということで一致したと伝えられる。

小林名誉教授が合憲だとおっしゃった、しかし他の憲法学者らが違憲だと述べている維新案。

つまり、維新の案は、今の時点では極めて法的根拠の弱いものだといえる。しかも、かなりトリッキーな感じを受けるし、維新の党が出来た元をたどると、どう考えても星条旗が見えてくる。

藁をも掴む思いは分からないでもない。ただし、維新案を推すことで、60日ルール期限切れまで与党が審議に応じて対応するとは考えにくい。

維新にも言えることだが、なぜ今必要なのか?という答えを政治家は誰も明確に答えていないからだ。直近の中国や北朝鮮を持ち出す事自体がペテンである。そのことは何度も指摘したし、もし仮に脅威があるとしても、「個別的自衛権」で対応可能な事例で、あたかも「集団的自衛権」が必要であるかのようなウソを平然と語るのはなぜなのか。

「なぜ今、集団的自衛権が必要なのか?」という答えは、実は日本側にはなく、アメリカ側にあり、そして、この安倍政権がいま何をやろうとしているのかということの答えを示しているものがある。

安倍政権がやろうとしていることはアーミテージ・ナイレポートに書かれている。

これはだいぶ前に指摘されていたことだ。今、ジャパンハンドラーと言われる連中が、またタイミングよく来日している。いつものパターンだ。TPPに関する日米協議も始まる模様だ。

これ全て連動していると考えるほうが自然だ。会合などの他、ジャパンハンドラーたちが誰とどこで会うのか知る由もないが、少なくとも、維新の江田とアメリカのTPP交渉のトップであるフロマンは旧知の仲である。また、この一連の安保法制に関しても、アーミテージやハムレやマイケル・グリーンなどと親しくしている議員たちほど、集団的自衛権を解釈で認める違憲法案を進めようとしている。それは与野党問わずである。

このスパイラルを断ち切るには、違憲vs合憲などで、平行審議などに応じるべきではない。まずは違憲法案撤回させるべく、野党は一致して憲法学者と国民と連帯して動くべきだと考える。

違憲の法案をいくら審議しても合憲になることはなく、この先も違憲であることに変わりない。

アメリカが一番嫌うのは、国民世論である。

国会議員や公務員は、憲法尊重擁護義務が日本国憲法によって課せられている。まっとうな手順を踏まずに、これを踏み外すことは、その事自体が憲法に違反する行為だと言わざるをえない。
関連記事

ブログランキング参加中⇒にほんブログ村 政治ブログへ にほんブログ村 政治ブログへ


Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://threechords.blog134.fc2.com/tb.php/2087-4ab26068
該当の記事は見つかりませんでした。
光熱費
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。