Sekilala&Zowie

No one is free, even the birds are chained to the sky.


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「もう、戦争をするかどうかを決めるわけですから」

HNCK5769.jpg

知的劣等感がある人間ほど、小難しい知的な言葉を言いたがるのかもしれないが、ここまで饒舌に演説をぶつ国会議員は、例の裸の王様に比しても、負けず劣らず、ひどい。

誰を指しているのか?という話。

まず、その「饒舌に演説をぶつ国会議員」とは、維新の党の下地幹郎氏のことである。そして、負けず劣らずの本家とは、安倍晋三総理大臣のことである。

結論から先に言うと、維新の党の対案は、自民党の違憲法案に対するアシストである。

疑念とか疑惑とかいうレベルの話ではないと思われる言葉を、当事者の下地氏自身の口から飛び出したのが7月3日の国会審議中。

下地幹郎氏が質問に立った。内容もさることながら、本人が調子に乗って、気分よく語っているところから本音が出た。

もう気づいている方も多いかも知れないが、当方は知らなかったので、あえてここで書こうと思う。


    


ブログランキング参加中⇒ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング・にほんブログ村へ

「もう、戦争をするかどうかを決めるわけですから」

そう、下地氏の口から思わず出た言葉。これに後ろに座る小野寺議員が目を丸くして、首を横に振り慌てて否定する。話の内容は、自民党案にはない、専門家による委員会の設置が維新のほうにはあるという見せかけの差別化を主張するなかで、これらの法案の目的はなにか?ということを思わず口走った瞬間だった。

下地氏も国会内がざわめいた瞬間に、あ、まずいことを言ってしまったと焦ったのか、平静を装いながら言い直す。が、時すでに遅し。そこに至るまでの時間、調子よく舌なめらかに語り、自民党にエールを送っていた。その中の発言でも、維新と自民の法案には大差ないことを自身の発言が物語っていた。


そんななか、安倍晋三も「御党」などという表現(他党には使わない)を用いながら、維新を持ち上げる。そして、思わず調子に乗って発してしまったわけである。

「戦争をするかどうかを決める」法案を維新は提出した。

こんな模様をNHKが中継しないとすれば、NHKは国民の知る権利を侵害したとして訴えられてもいい。前回の当ブログでは、NHKだけは他の民放局と違って、解体すべきだと言ったが、まさにそれにダメ押しするかのようなニュースが日刊ゲンダイより発せられる。

新国立も顔負け…NHKは受信料で「3400億円」豪華社屋計画

一部引用。

「NHKの累積黒字は現在2000億円にも達し、『受信料が余っているなら視聴者に還元しろ』という声が出るのは時間の問題でした。そこで予算を使い切るために出てきたのが建て替えだったのです。『免震機能の強化』も『8Kスーパーハイビジョン対応』も、後付けの理由です」



籾井会長だけの問題ではない。NHKのここ最近の体質は完全に極右と変質した。次々と日本会議のメンバーやそこで講演をする極右思想の人間がNHKに登場するようになっている。何度でも言うが、こんな腐った組織NHKは解体すべき。そして、抗議行動は渋谷のNHK前で行なうか、官邸前より記者会館を取り囲むべきだ。情報はそこから発信され、我々のもとに届き、そこから思考が始まるのだから。その諸悪の根源を断たなくてどうする?というのが当主張である。

海外では、ご存知のように、世界中に「日本会議」がナショナリスト集団、ナショナリストシンクタンク、歴史捏造主義団体、などと詳細に分析され、発信されている。当然、世界は日本を警戒心をもって注視している。

19閣僚中15人がメンバー 最大右翼組織「日本会議」の危険度~日刊ゲンダイ

仏「ロブス」誌も英「エコノミスト」誌も…「日本会議」と安倍の関係を世界が危険視!~リテラ


あ2

もう一つ、はっきりしたことがある。皆さんも個別的自衛権と集団的自衛権の境目、それからそれが現行憲法に照らし、違憲か合憲かの境目が何であるか、もう十分承知していると思う。

そのなか、維新の案は合憲だということになっている。個別と集団の間にグレーゾーンなるものがあり重なり合うので、合憲か違憲か難しい部分があるという意見もある。

しかし、実は政府がこれまで一貫して公式見解で示してきたのは、「重なり合う部分はない」ということである。

個別的自衛権と集団的自衛権は、はっきりと分けられていると、政府自身が示してきたと水島朝穂教授が指摘していた。

これは水島先生の意見ではなく、政府が公式見解を示していると、そしてそれはこれまでずっと維持してきた見解だということが何より重要なポイントとなる。

水島氏によると、2003年頃、民主党の伊藤という議員が質問主意書を提出、それに対する政府の回答(閣議決定)がある。質問はこうだ。
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon_pdf_s.nsf/html/shitsumon/pdfS/a156119.pdf/$File/a156119.pdf

自衛権についての政府の考え方について

 ア 「自衛権」、「個別的自衛権」及び「集団的自衛権」のそれぞれの定義を示していただきたい。
 イ 個別的自衛権と集団的自衛権との関係は、次のA図のように重複する部分もあるものなのか、あるいは、B図のように、まったく重複する部分はなく、明確に区別しうるものなのか、説明いただきたい。
SnapCrab_No-0006.png
 ウ 個別的自衛権と集団的自衛権が重複する部分がある懸念であるとすれば、集団的自衛権は憲法上禁止されているとしている政府は、重複する部分に入り得る事態について、個別的自衛権で対処するのか、あるいは、集団的自衛権にも当たるものとして、個別的自衛権でさえも、制限し、対処を控えるのか、説明いただきたい。



そして、政府の回答
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon_pdf_t.nsf/html/shitsumon/pdfT/b156119.pdf/$File/b156119.pdf

ニの1及び4のアについて

国際法上、一般に、「個別的自衛権」とは、自国に対する武力攻撃を実力をもって阻止する権利をいい、「集団的自衛権」とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利をいうと解されている。

このように、両者は、自国に対し発生した武力攻撃に対処するものであるかどうかという点において、明確に区別されるものであると考えている。



さらに、憲法9条の例外として認められる実力の行使として、自衛隊による、急迫不正の事態を排除するための実力組織が、最小限度の行使、つまり、個別的自衛権は認められると、極めて限定して解釈している。

また、この中で「専守防衛」の政府の考え方を示している。

「専守防衛」という用語は、相手から武力攻撃を受けたとき初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また保持する防衛力も自衛のため必要最小限のものに限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢をいうものであり、我が国の防衛の基本的な方針である。



つまり、重なり合う部分はないということを政府自身がはっきりと示したものと言える。

そこで、維新案に戻る。

前々から、当ブログでは、維新案について、疑問を呈してきた。それは何も、野党を分断しようという意図などまるでなく、むしろ逆で、分断の罠を指摘し、注意喚起してきた側である。まず、当方は、全てとは言わないまでも、維新案(法文)を70ページ強まで、何度か読み返し、自分自身の頭の中で整理してみた。

その時に最初に気がついたことは、なぜ、安保条約に準じているのに、「日本周辺」と別に定義しているのか?という疑問。これはイコールではないのか?という疑問が湧いた。しかし、ツイッターなどのタイムライン上では、内容に関することより、小林節名誉教授が合憲とお墨付きを与えたとする維新の対案が提示されたことをもって、自民党の目論む60日ルール阻止できるという希望的観測に、野党はこれに乗り、審議を十分に果たし、強行採決阻止すべきだ、そして、その維新を批判するものは、野党を分断するものだ、という暗黙の圧がかかる。

そこで当ブログでは、本当に合憲なんだろうか?という疑問があったので、法案そのものを読んだわけだ。なぜ、維新を諸手を挙げて盲目的に信用できないか、は言うまでもないだろう。

ツイッターでは、幹事長殿が、怪しげな反共ツイートを投稿し始めていたし、そもそも、維新そのものに不信感があった。特に大阪のほうには、バックにいるとてつもない売国奴、竹中平蔵という存在も石原慎太郎という存在も、無視できない。警戒して当然だろう。そして、なにより、この維新案が提示される前には、橋下徹と安倍晋三らは、会談を持った。

それは、水島氏の指摘によれば、ちょうど国会の参考人招致で、自民党推薦の長谷部教授が「自民党案は違憲」であると述べ、大反響となり、世間を揺るがすほどの事態となっていった時だ。新聞各紙の社説をはじめとするマスの論調は珍しく政府批判、自民党案は違憲であるという論調だったので、安倍晋三にとっては、窮地に追いやられた格好だった。いくらメシで餌付けしても、それ以上のインパクトだったと言える。しかし、風向きが変わる時が来る。そのときに登場したのが、あの橋下徹である。そして、その後、出てきたのが維新の対案である。

これで、話題が維新のほうに移り、報道は、政局の様相へと変化していく。注目を浴びた維新は、それはもう浮かれていた。そこで幹事長殿が呟いたのが「悪目立ちでもしょうがない」という言葉。埋没してしまっては、という。

もう、ここまで書けば、シナリオがあり、振付師がいるということもだいたい想像がつくのではないか。まんまとしてやられたと思っていいだろう。ただし、審議拒否の可能性がなくなった時点でも、当ブログでは、まだ、野党がまとまって採決拒否すればいいと書いた。

しかし、(15、16、17日の)採決ありきの審議には応じられないとしながらも、維新は公聴会に賛成し、与党のアシストを行なっていた。ここまで来ても、まだ、維新のことを推す声に圧倒されるように、多くは押し黙っていた。可能性にかけたい気持ちが、小沢氏の言葉を拾うことで自分自身を勇気づけるかのごとく。ただし残念ながら、小沢氏の言葉も、よく読めば「維新が貫けば」である。貫かない可能性も十分ある。

それが、維新と与党との協議や、大阪組の存在である。そして、以前より抱いていた松野氏や柿沢氏に対する不信感である。政治家としての信念が全く感じられない。ましてや柿沢氏に限っていえば、あの「極右団体」の「日本会議」のフォーラムに登壇もしている。北朝鮮や中国の脅威を煽る発言などからすれば、その影響がないとは言えない。というか、まんま影響を受けている様子。

<きょくう

ここまで書いて、入ってきたニュースは、維新と与党との協議が終わり、今後も継続していくことになったという。実際、決裂したというが、本当のところは誰も知る由もない。外向けのポーズの可能性もある。

自民党としては、強行採決という形は取りたくない。
しかし、明日採決をしたい。
維新にどうしても協力して欲しい。

この間の溝を埋める方法は考えているはず。

話は戻るが、維新が信用を置けないもう一つの理由がある。それは、昨年7月1日の違憲の閣議決定をどう見るかという点。維新の松野代表は、IWJの記者に再三にわたる質問にも明言を避け、論評することはありえないとした。それを水島先生は「論評できない」ならわかるが「ありえない」というのはおかしいと批判し、具体的にどこが問題か言及しないということは違憲の閣議決定の影響は受けていると認めているのと同じだと。

しかし、それにしても解せないのは、7月1日の安倍政権の閣議決定は、明らかに憲法違反の解釈改憲・閣議決定(つまり集団的自衛権行使容認)なのに、それを否定せず、論評することはありえない、とする発言。

それをIWJは大阪の橋下代表自身に直撃質問したという。ここで明らかになった。実は、大阪維新と結いの党との合流の際には合意事項があり、そのなかに集団的自衛権の問題について明確に判断せず、ぼかした形の合意をしていた。そこで、東京組が集団的自衛権について反対と判断するような動きをするなら、合意に反するので、それを破棄したうえでやってくれとメールを送ったと橋下氏は述べたという。

そういえば、この間、橋下氏らはずっと、大阪組だけで国政に向けて動くぞという脅しをかけていた。そういう意図があったわけだ。だから、東京組は、7月1日の違憲閣議決定(集団的自衛権行使容認)についての判断は「ありえない」のである。

当ブログでも指摘しているが、そもそも、日米安保に準じているとしながら、その日米安保の「施政下」の適用範囲が「日本周辺」と同じか否かだ。

尖閣などに関しては、米国はそもそも中立の立場をずっと維持してきている。日本に管轄権がある限りにおいて、日米安保の適用範囲であり、管轄が中国に移れば、日米安保の適用範囲外ということになる。

日米安保に準じた「施政下」が領土領空領海だとするなら、日本の領海は極めて狭い。海保のホームページから地図を引っ張ってきて見てみると分かる。


そこで維新の案だが、もう一度言うと、個別的自衛権と集団的自衛権の違いははっきりしている。

国際法上、一般に、「個別的自衛権」とは、自国に対する武力攻撃を実力をもって阻止する権利をいい、「集団的自衛権」とは、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利をいうと解されている。


これは、勝手に解釈したものではなく、これまでずっと使われてきた正式な政府見解である。しかも、これを元に、憲法9条の歯止めから「政府の憲法解釈」が橋渡しとなって、自衛隊法76条や88条など下に連なる法律で運用されてきた。

では、維新の案は、こうだ。
SnapCrab_No-0005.png


「条約に基づき」としておきながら、「我が国周辺の地域」と拡大しているので、実際には、日米安保条約に基づいていない。しかも「我が国周辺の地域」とはどこまでを限定しているのか不明確である。そして、何より、水島先生がここを注目してほしいという箇所がある。

それは「我が国に対する外部からの武力攻撃を除く」と括弧書きで書いている部分である。つまり、我が国に対する外部からの武力攻撃、とは個別的自衛権であり、それを除くのだから、集団的自衛権しかないという。

日本の領土領海において、自国に対する直接的な攻撃が「ない」のに、「日本周辺」の公海上で、米艦船に攻撃があった場合、日本が攻撃できるとしている。つまり、集団的自衛権の行使以外のなにものでもないと水島先生は指摘する。

しかし、日米安保に準じているという点が先に頭にあると、「日本周辺」が施政下の適用範囲であると思い込み、それならば個別的自衛権の行使だから、合憲だという論理を導き出してしまっている。

これもまた言わなくてはならないが、日米安保第五条はこうだ。

各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。



「施政の下にある領域における」領域とは、領土、領空、領海のことを指す。

明日、採決が行われるそうだ。そこで、維新がどういうスタンスをとるか。「強行採決」というには、野党が全て採決拒否を貫かなければならない。若干の老害党を除き。

仮に、採決に応じ、反対票を投じるようなことになれば、それは、前にも指摘したように、同一労働同一賃金と同じパターンになる。つまり、「強行」ではないということになる。

そういう意味で、明日の維新の態度は今後の政界再編に向けた意味でも、また政党としての正当性が担保できるか否かの瀬戸際といえよう。ただ、今日の審議の様子だと、大阪組はもうほぼ自民党と同じである。民主や共産党が審議拒否をしているなかで、維新は独自の方向を進むという方針、それは「悪目立ち」であっても良しとすれば、そこには「国民の意思」はないのだから、早晩自滅していくのだろう。

最後に、下地幹郎氏の「もう戦争するかどうかを決めるわけですから」発言をリンクするので、見てない方はぜひ視聴を。
www.youtube.com/watch

関連記事

ブログランキング参加中⇒ブログランキング・にほんブログ村へ ブログランキング・にほんブログ村へ


Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://threechords.blog134.fc2.com/tb.php/2089-48bb1aa4
該当の記事は見つかりませんでした。
光熱費
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。