Sekilala&Zowie

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金平茂紀氏「茫界偏視」を読んで


金平茂紀の「茫界偏視」を読んで。

全体的に良い内容だ。大体の認識で一致するがフェイスブックやツイッターが無力であるという認識には賛同できない。現に安定的に通信が保たれていたのはツイッターであり、現にツイッターを通じ様々なことが政府の後手後手より情報が伝わっていったのは事実。そしてそれによって実際の政府のほうが逆にツイッターやネットに対応していった。
今、福島第一原発に投入されようとしている注水車はコンクリートも注入可能。これはツイッターの力によって郷原弁護士が政府に働き掛けて実現したものである。 フェイスブックに関しては知らないが。

しかし、アメリカ特派員生活の中でアメリカの現実を知る金平氏にとって、日本が米国に従属していく危険性、そして大本営的な報道を危惧していることがよくわかる。そうはいっても、最後の三行の締めくくりの言葉は、金平氏ではなくてももう聞き飽きた。いつまでも凝視するだけでいつまでも考えているだけで本当にいいのか?
そんな悠長なことは言っていられない事態なのだ。この震災のどさくさ紛れに欠陥法である「コンピュータ監視法」=【誰でも容疑者にされ得る隙間がある欠陥法】を11日閣議決定していたことが判明。
今後の情勢予測では、どう考えてもこの法案が通過する見通しがあるとは思えないが、とにかく官僚のやることはとことんエゲツナイ。
菅政権が無能なことをいいことに、次々と工作を仕掛けている。けさほどの日経や時事通信での与謝野氏の発言などは原発推進発言もこれだけの事態を引き起こしておきながら、しかも終息の見通しも立っていない現状で「日本は地震列島なのでこういう事故は『運命』」なのだと言いやがった。怒り心頭で気分が悪くなったほどだ。

与謝野氏は自らの立ち位置に既に矛盾をきたしている。財務省の走狗として、もう政治家として後がないことを自覚して暴論を吐きまくっている。国民のために議員発信しているのではなく、財務官僚のために動いているのが現状。

菅内閣はこの震災に乗じて、これまでの悪政をチャラにしようとしているが、決してそんなことにならない。アメリカの恩着せがましい策略にも折れることなく、日本は復興していくべき。
この失政の責任は近々追及されることだろう。
ついでに言えば、昨晩BS11インサイドアウトに飯島元秘書官が出演し、菅政権の対応を批判していた。
隣の毎日新聞斗ヶ沢秀俊記者は明らかに何の根拠もない楽観論で大本営発表を繰り返していた。ここまで来ると犯罪のようだ。国民を欺いた罪。
確かに飯島氏の言うように、菅政権はやたらと本部を作り、自らの職責を逃れるように役職を多く作り、そこに関わる役人たちを足止めしている格好で、本来の業務に支障をきたしている、という指摘も分からないではない。
菅直人のバカ殿ぶりは今に始まったことじゃない。しかも、別の番組で誰かが言っていたが、菅直人の交友関係は非常に狭いんだそうだ。要は行動範囲も非常に狭いわけで、その分、生の情報も入ってこなければ、現場の実情なんてものは本当は何もわかっていないというわけだ。
そういう意味で、やたらと君臨したがるバカ殿の下に部署をたくさん作り、何かあれば首切り、責任転嫁できるという独裁国家と何らか変わらない思考に陥っている。
あーでもないこーでもないと専門家と国が責任回避(矮小化)する方法を練っている間にも福島第一原発は煙を上げ、放射能を撒き散らしている。一番の被害者である住民には言葉のあやでごまかす。
東電の現場作業員は殆どが契約作業員だそうだ。だから、東電側が『うちの社員』という表現しても、実のところ、いつでも首が切れる契約なのだという社会問題となっている労働格差を如実に表している。
会社の上のほうでは、官僚と結託して、国の税金で補償しようと画策している。
原子力政策は元通産省と、当初、対米従属政治家中曽根などによって諮られ、その推進の妨げになる存在は実力組織として検察が排除していった。もちろん、裁判所も追認していった。
その象徴的存在が『元福島県知事佐藤栄佐久氏』である。
詳しくは岩上さんのUSTインタビューをご覧になるか、佐藤氏の著書を読まれるといい。
佐藤氏逮捕に関連して弟さんが取り調べの面前で東京地検特捜部検事に言われた言葉。
『知事は日本にとってよろしくない。いずれ抹殺する』
この裏に原子力政策が絡んでいることは明白である。
アエラが最近出した号に関して叩かれたそうだ。確かに不安をあおるようなタイトルで、と言いたいところだがその中身はほかに比べ非常に充実しているそうだ。
考えてみても、なにかちょっと国民を刺激するようなことを言うと叩くという雰囲気・空気は危険を感じる。ある一方方向に向けて恣意的に何かが働いている気がする。
反面教師的に良い例としてアメリカの911テロのときのアメリカ国内の空気・雰囲気がある。事件が起こったすぐ10分後にはラジオから『第二のパールハーバーが起こった』と流れた。その時点では何が起こったかなんて誰にも分からないにも関わらずだ。そうして共謀罪という冤罪でアメリカの刑務所に服役した経験のある山崎淑子さんが体験談としておっしゃっていたことだ。
そして、『愛国者法』というとんでもない法律。今、菅政権で閣議決定が11日になされた『コンピュータ監視法』【誰でも容疑者にされ得る欠陥法】はアメリカのその流れに準えることができる。
この欠陥法は拙ブログで一部文字おこしをした岩上さんのUSTで見ることができる。
岩上さんのHPでも掲載されている。




    


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金平茂紀の「茫界偏視」~【The Journal】より
投稿者: 金平茂紀 日時: 2011年3月21日 13:08
私たちは大震災と原発惨事のさなかで何を考えるべきなのか?

 人間の歴史には「切断点」がある。その出来事の前と後とでは、まるで風景が違って見え、価値観が変容し、情況が一変するような「切断点」がある。いま私たちはそのような「切断点」のただなかにいる。そのような「切断点」はかつてヒロシマの8月6日にあったかもしれない。あるいは1945年の8月15日にあったかもしれない。僕にはいま論理立てて今回の出来事を整序するだけの余裕がない。だから以下の文章は論理に裏打ちされたものではなく、目の前で進行している事象の素描を記すに過ぎない。だが何を記すかによって見えてくる風景はおのずと異なるだろう。

 取材で入った宮城県南三陸町でみた風景。山間部にまで何隻もの漁船がすさまじい津波によって打ち上げられていた。津波によって押し上げられた瓦礫は、漁船の網やウキ、昆布、ブラジャー、蛸の死体、アルバム、茶碗、材木、泥を巨大な渦のなかで撹拌したように、あり得ない無秩序な塊となって、堆積していた。人の姿がみえない。1万7千余の町の人口の半分の安否がわかっていないのだという。津波によって町は壊滅していた。町の自慢だった防災対策本部の建物は鉄骨だけになった姿を無惨に曝していた。その2階の防災用放送室で、「大津波が来ます。すぐに避難してください」と町民に向かって放送していた25歳の女性職員は、津波に飲まれていまだ行方がわかっていない。防災本部にいた他の20人の職員たちも津波に飲まれてしまった。その防災本部企画課職員であった夫をさがしている妻と現場であった。「最後の最後までいる必要があったのでしょうか?」と彼女は呟いた。気象庁の大津波警報の第一報の記録が残っている。岩手3メートル、宮城6メートル、福島3メートルとある。実際の津波はそれをはるかに超える大津波で、町の設営した防波堤、防潮堤、水門を破壊して突き進み町を飲み込んだ。気象庁の予知には限界があった。結果的に言えば、自然を甘く見ていたと言わざるを得ない。だが、「想定外」という言葉は何の説明にもなっていない。

↑ 宮城県南三陸町の防災対策本部ビル(筆者撮影)

↑瓦礫のなかで大破している消防車(南三陸町にて。筆者撮影)

 地震予知の第一人者とか専門家とかが僕らのテレビに登場した。彼らは総じて無力だった。だが彼らの多くが自分たちの無力さ・限界を認識しているようには思えなかった。折しも静岡沖で地震が起きた時も「あれは東日本の大地震とは全く無関係の地震です」と彼らは断じていた。その「無関係の」地震がほぼ時を同じくして起きていることの関連に素人は恐れを抱いている。その素人の直感の方が事態を正確に言い当てているのかもしれない。僕らメディアも地震予知には全く無力だった。

 避難所を含む被災現場には電気がなかった。電話が通じない。携帯電話などおもちゃ以下のものでしかなかった。フェイスブックとかツイッターとかそんなものは現場では全く何の役にも立たなかった。役に立っていたのは物理的なチカラだった。食料をつくって配給するチカラ。地面に穴を掘って仮設トイレをつくるチカラ。瓦礫を押しのけて人間をさがし救い出し収容するチカラ。電気と電波に依拠するものなど何の役にも立たない。カイロとラジオは役立っていたが。被災地域以外でネットは雄弁だったのだろう。

↑山間部に打ち上げられた漁船(南三陸町にて。筆者撮影)

 避難所を訪ねた。行政の人間が壊滅的な状況にあるとき、食い物をどうするのか。誰かが作らなければ被災者は飢え死にするのだ。誰がつくって配給するのか? 自分たちでやるしかない。南三陸町の水産加工工場の経営者たちは倉庫の冷凍機能が失われた段階で、水産物=魚類をすべて町民に供出した。彼らはそれを、無事に生き残った町民と力を合わせてさばいて、避難所の被災者たちのために炊き出しを始めた。そういう食材調達、調理をする人員の確保、配膳のシステム等を、地元の若い男性ら数人が自力で立ち上げて自分たちで運営していた。頭の下がる思いがした。

↑避難所で食料を配膳する地元の少女たち(南三陸町にて。筆者撮影)

 中国の山東省から水産加工工場に働きに来ていた12人の中国人少女たちが避難所にいた。着の身着のままで津波を逃れてきた。工場の責任者から「一緒に逃げなさい」と指示されたのだという。彼女たちはその後、避難所で開通した衛星電話サービスで故郷の町とつないで無事を知らせながら涙ぐんでいた。

↑避難所で食事の配給の列に並ぶ中国人女子労働者たち(南三陸町にて、筆者撮影)

 この町は復興できるのか? これほどすさまじい破壊の後に。だが、人々は整然と食事の時には列を作っていた。それらの人々の慎み深さに希望がみえる。僕らの国の都知事が「天罰」とか「我欲」とかいう言葉を使ったことを知った。彼がひょっとして出馬表明をするのではないかと言われていた日に、今回の大震災は起きた。僕はそのめぐりあわせに何の意味を見出すつもりもない。時間の無駄だ。

*   *   *
 福島第一原発の事故はこれまで世界で起きた原発事故のなかでも最悪級に近い様相を呈している。原子力工学とか原子炉設計とか、「原発に詳しい」専門家、学者たちが僕らのテレビ局のスタジオにやってきた。出演交渉したのは僕らの仲間だ。ある人は饒舌でまるでニュースキャスターのようだった。その後、危機が深刻化し、発電所近辺で放射線量が基準を超えるような事態になったあとも、それらの人々は「ただちに健康に害を及ぼすような量ではない」「全く健康には問題がない」などと繰り返していた。彼らにも家族がいるのだろうに。

 インターネット系のメディアは「御用学者」とストレートな表現で彼らを非難した。「御用学者」「御用マスコミ」をつくりだしたのは僕ら自身だ。原発の安全性については長く異議申し立てが行われていた事実が厳然としてある。故・高木仁三郎の残した言葉に耳を傾けてみよう。何人かのメディア学者や小説家がパニックに陥り、関西地方に家族ともども避難した。マスコミは電力会社と結託して真実を隠している、と彼らは発信している。原子力委員会や原子力安全委員会の人々はなぜか固い沈黙を守っている。有名シンガーたちがコンサートをキャンセルし、同じく関西地方に長期滞在するためのホテルを押さえたという醜悪な話が飛び交う。16日からの来日公演ステージをやりとげたシンディ・ローパーの方がよほど偉い。

 この事態に誰が何を言い、どのような行動をとるか、僕らはしっかりと見よう。誰が本物で誰が偽物かを凝視しよう。

 岩手県石巻市出身の作家・辺見庸は大震災のおそらく数週間前に『朝日ジャーナル』増刊2号に寄稿した文章「標なき終わりへの未来論」のなかで、こんなことを記していた。

すさまじい大地震がくるだろう。それをビジネスチャンスとねらっている者らはすでにいる。富める者たちはたくさん生きのこり、貧しい者たちはたくさん死ぬであろう。階級矛盾はどんどん拡大するのに、階級闘争は爆発的力をもたないだろう。性愛はますます衰頽するだろう。テクノロジーはまだまだ発展し、言語と思想はどんどん幼稚になっていくであろう。ひじょうに大きな原発事故があるだろう。労働組合はけんめいに労働者をうらぎりつづけるだろう。多くの新聞社、テレビ局が倒産するだろう。生き残ったテレビ局はそれでもバカ番組をつくりつづけるだろう。

(辺見、上記文章より)

辺見は予言していたのだ。

 日本が大打撃を受けたことを見越して投機マネーがハイエナのような動きをみせて、円はあっさり戦後最高値を更新した。資本の論理とはそのようなものだ。日本の地震被害に哀悼の意を表したその同じ頭と手で、米・英・仏はリビアを空爆し(彼らは何にでも作戦名をつけるのを好む。「オデッセイの夜明け作戦」という傲慢で自己陶酔的な作戦名がつけられたそうだ。)、内戦状態にある国の一方に肩入れし、政体をひっくリ返そうとしている。それが民主主義なのだという。日本の民主党政権はただちにその空爆を支持した。それを伝えるNHKの解説委員が「時間との戦いです」などと空爆全面支持をテレビでさらけ出していた。ちなみに、アメリカ政府の日本震災支援特別チームの調整役は、あの「沖縄はゆすりの名人」発言で更迭されたはずのケビン・メア国務省元日本部長がつとめており、その作戦名は「トモダチ作戦」だとか。これが僕らが直面している同盟国アメリカの支援のひとつの現実だ。

 もう一度記しておこう。この事態に誰が何を言い、どのような行動をとるか、僕らはしっかりと見よう。誰が本物で誰が偽物かを凝視しよう。
(大震災発生から10日目に記す。)

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